ー精霊王視点ー


霧のような靄がかかった空間。
自然のエネルギーが充ち溢れている。
普通の精霊なら、エネルギーを絶え間なく吸収し続け、キャパオーバーになり、精霊としての形を保てなくなり、自然のエネルギーに変わってしまう。
だからここで精霊に会うことは珍しいが、さっきまで誰もいなかった場所に精霊がいた。
自分とほぼ対等の力を持つ数少ない精霊だ。
燃えるような真っ赤な髪と瞳の、一目で炎の精霊とわかる青年。


「ずいぶん久しぶりだな、光の。」
精霊に本来名前はない。
名前を持っているのは、半身に付けてもらった者だけだ。
俺は光の精霊だから、光と呼ばれる。
「人間の年月では、10年ほどになるな。 俺たちにとっては、ほんの一時だろう。」
俺もお前も、この世界が誕生したと同時に生まれたのだから、たった10年だ。
「そうだな。 しかし、お前が10年も眠らなねば回復しないほど、力を使うとは驚いた。」
自分でも10年も眠ることになるとは、予想していなかった。
もっと早く起きるつもりだったのに、失態だ。


「お前に子供ができたことほど、驚くことじゃないさ。」
俺の知る限り、10年前までは、人間に興味をもつことなんてなかった。
半身を持つなんて考えられなかった。
不思議のものだ。
「子供か・・。 俺は半身が死んでも、共に消滅することはできなかった。」
「俺たちが消滅すれば、エネルギーの均衡が崩れるからな。・・半身を失ったのか?」
子供がいることはわかったが、半身を失ったことまでは、わからなかった。
彼の表情は、ほとんど変わっていないが、悲しげな色をはなっていることが、長いつきあいだから、わかる。
「ああ。 共に消えたかった。」
半身を失う悲しみは、想像できる。
慰めるつもりは、全くない。
むこうも、そんなもの望んでいないだろう。


「それより、迎えに行かなくていいのか?」
「まだ必要ない。」
「冷たいな。 10年前はあんなにご執心だったのに。 わざわざ面倒な異世界に送って、この世界の家族まで用意したおまえが。」
ああ、面倒だった。
彼女の為ならそんなこと、苦ではない。
この世界においておくのは、危険だったから、異世界に送った。
寂しくないように、家族も用意した。
安全になったら、迎えに行くつもりだったのに、またあの魔法使いに邪魔された。
まあ、異世界から彼女を呼び寄せる無茶をしたから、当分動けないだろう。


「彼女はまだ、俺の守るべき半身ではない。 何度か精神に接触しているのに、俺を思い出しもしない。」
未だに自分を思い出さない沙羅に、少し腹が立つ。
「記憶を消したのは、お前じゃなかったか?」
「俺だ。 あの時は、ああするしかなかった。」
つくづく腹の立つ魔法使いだ。
このままですますつもりはない。
たかが人間の魔法使い風情が、俺の半身に手を出そうとしたのだから、相応の礼はさせてもらう。


「もう少し待ってから契約すれば、何の苦労もなかったと思うが。」
待つことなんてできなかった。
彼女を見た瞬間の、あの気持ち。
全身が歓喜で震えた。
すぐに契約して、自分のものにしたかった。
焦りすぎて、年齢のことをすっかり失念していた。


「お前も、娘を迎えに行かないのか? 近くまで来ているだろう。」
彼女のそばにいる少女は、あまりに目の前の精霊に似すぎているから、すぐに娘だとわかった。
「必要ない。 できればもう会いたくない。」
「好きではないのか?」
「あまりに似すぎていて、思い出す。 こんなことなら子供など作るのではなかった・・。」
半身以外に興味ないのは、お前も同じか。
「なら、消してしまえばいい。 簡単なことだ。」
「それはできない。 約束したからな。」
精霊はそういうと消えてしまった。
現われる時も、去る時も唐突だ。


早く俺を思い出せ。
思い出して、俺の名前を呼べ。
お前だけが、俺を呼ぶことができる。
俺の唯一の半身。
すぐに思い出すはずだ、彼女の故郷まではもう少しだ。
俺と出会った場所も。



あたりの気温が急激に下がり、氷の精霊王が現れた。
できれば会いたくないやつがきたな。
「懐かしいのぉ。 ようやくお目覚めかえ。 ほほほほ。」
真っ白な髪に真っ白な目の美女。
「さっきは炎の奴がきて、今度はお前か・・・。 お前らはよほど暇なんだな。」
「失礼な言い方じゃ。 せっかく会いに来てやったというのに。 炎に先を越されるとは癪じゃ。」
炎と氷の精霊は、仲が悪かったな・・・。
それも相変わらずか。


「ありがた迷惑だ。」
「わらわは、そなたがいなくて寂しかったのじゃ。 久方ぶりに会えてうれしいぞえ。」
こいつの、こういうところが苦手なんだよ。
こいつのことが嫌いではないが、特別な感情もない。


「炎も半身を作ったことだし、お前も探したらどうだ?」
そうすれば、俺のまわりをまとわりつかなくなるだろう。
「嫌じゃ。 わらわには、そなた達の方が理解できぬ。 わざわざ人間と契約しずとも、我らの力は強い。 半身を持つ必要などあるとは、思えぬ。」
「お前も半身を見つければわかる。」
俺だって、彼女と出会う前は、人間など見向きもしなかった。


「そなたの半身が戻ってきたようじゃの。」
「ああ。 余計なことはするなよ。」
今まで用意周到な計画を邪魔されたことは、数えきれない。
首を突っ込んでくるのが大好きなやつだ・・・。
「ほほほほ。 わらわの気分次第じゃ。」
困った奴だ。
「そなたの大事な半身に、傷をつけるようなまねはせぬから、安心するがよい。」
絶対何かするつもりだろう。








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