とうとうパーティー当日。
私は朝からパーティーの支度で侍女さんたちに捕まっている。
コルセットでギュウギュウ締め付けられて、食べたばかりの朝ごはんが、もう少しで出てくるかと思った。
仕上がったドレスは、赤のグラデーション。
上が真紅で下にいくほど白くなっているデザインで、イメージはバラだそうだ。
葉っぱに見立てて、アクセサリーはすべてエメラルド。
高そうだから、気をつけよう。
鬘は複雑に結いあげられ、エメラルドを散りばめたティアラをのせられた。
う〜ん、重いなぁ。
私には贅沢すぎるんだよね。
ふともらったバラの鉢植えが目に入った。
生花って邪道かな?
「あの。バラを髪に飾るのって駄目ですか? 頭が重くて・・・・。」
「バラですか?」
マリーが少し思案して、侍女さんたちと相談し始めた。
「せっかく女王陛下からお借りしたティアラですけど、お嫌なら変更しましょう。花を飾るのもめずらしくていいかもしれませんね。ドレスに合いそうです。」
ティアラを外して髪を最初からやり直すことになったので、ちょっと申し訳ない。
侍女さんが1人バラを取りに行ってくれた。
髪を高く結い上げてバラを飾って完成。
化粧も手直しして、やっと侍女さんたちから解放された。
全身を鏡で見たけど、私じゃないみたいに仕上がっている。
侍女さんたちってすごいね。
私が美人に見えるもの。
きれいにしてもらえるとやっぱりうれしい。

「パーティーにはエスコートが必要なので、今回は近衛騎士隊長のカイエン様に女王陛下から頼んでもらいました。」
1人でのんびりとはいかないんだね。
エスコートってなんだかすごい。
「カイエン様は平民出身ですが、国一の剣の腕前を買われて騎士隊長までなられた方です。すばらしい方ですよ。」
カイエン様の話をしているマリーは、夢見る乙女といった感じ。
憧れてるんだね。
「私なんかのエスコートをしていただいていいんですか?」
「パーティーに出席できて、貴族のしがらみのあまりない方はカイエン様くらいですから、ちょうどいいんです。」
平民出身だけど、エリートだよね。
女の人が引く手あまただろうな。
私なんかのエスコートなんて申し訳ないから、会ったら謝っておこう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



お昼前にはカイエン様が迎えにきてくれた。
近衛騎士の正装の白い騎士服を着た真面目そうな青年で、マリーが憧れるのもわかるような美形だった。
パーティーは昼間は庭園で、食事や談笑を楽しみ、夕方からは舞踏会。
カイエン様に連れられて、庭園に向かった。
「私なんかのエスコートしてもらって、すいません。他に一緒に参加される方いらっしゃったのではないですか?」
「残念ながらそういう相手はいません。警備は万全とはいえ、あなたはヴァレリーから狙われていると聞いています。 万が一にそなえて近くで警備した方がいいです。」
私の警備も兼ねてるのね。
ご苦労様です。
「そんなにヴァレリーってすごいんですか?」
「できないことはないと言われる魔法使いらしいですね。彼についてはレオナー様が詳しいですよ。」
レオナーさんね。
もう1回ちゃんと話した方がいいとは思うけど、なかなか会いに行く気になれない。
「さぁパーティーの始まりです。行きましょう。」
カイエン様の差し出してくれた手に自分の手を重ねて、私たちはパーティー会場に入った。


たくさんの突き刺さるような視線を感じる。
私がカイエン様といることが気に入らない貴族の令嬢たちからの視線みたい。
あとこのドレスが珍しいせいか、みんな1度は振り返ってジロジロ見られるので、かなり居心地悪い。
おいしそうな料理が並んでいるのに、コルセットが苦しくて食べる気になれない。
もったいないな。


「ちょっとここで待っていて下さい。すぐ戻ります。」
カイエン様は私から離れると、すぐに貴族の令嬢達に囲まれて、困っているみたい。
さすがもてるな。

ぼんやりその様子を観察していると、正面から気位の高そうなご令嬢が3人やってきた。
3人ともドレスやアクセサリは立派だったが、容姿は平凡。
ちょっと化粧がけばい感じがする。
私は扇で口元を隠して苦笑した。
「客人かなんだか知りませんが、貴族でもないのに大きな顔をしてカイエン様にエスコートされるなんて、身の程をわきまえたらいかが?」
「そんなへんなドレスを着て、みっともないですわ。」
「ここは貴方がくるような所じゃありませんわ。さっさとお帰りなさい。」
口口に文句を言ってくるが、こんなことは予想済み。
言われる相手はリオに好意をもつご令嬢の予定だったけど。
「申し訳ありませんが、女王陛下から出席するように言われていますので、女王陛下にご挨拶するまでは退席できません。お嬢様方から女王陛下に進言して下さいますか?」
いくら貴族の令嬢でもさすがに女王陛下に文句は言わないでしょ。
帰りたいから言ってくれてもいいけどね。
3人は顔を見合わせるとさっきまでの勢いもすっかり消え去り、すごすごと引き下がって行った。
他人の権力を振りかざすのは好きじゃないけど、気分いい。


3人と入れ違いにカイエン様が戻ってきた。
帰ってくるときもあちこちで声をかけられて、なかなか進まない。
「お疲れさまです。忙しそうですね。」
「ええまあ。それより先ほどご令嬢達と何かありましたか?」
「皆様カイエン様がお好きなようですね。 もてる方も大変ですね。」
にっこりと笑うと、カイエン様は困ったような顔。
「ご令嬢には地位があれば誰でもいいのでしょう。正直困りますよ。」
「でもカイエン様は地位もあって、容姿も整っていますから、誰でも憧れてしまうのは仕方ないです。」
カイエン様は照れているのか少し顔が赤い。
意外とかわいいところあるじゃん。
「ありがとうございます。沙羅様はとても綺麗です。パーティーに出席しているどのご令嬢よりも綺麗に見えます。」
さらにカイエン様の顔が赤くなっている。
誉めるのは慣れていないみたい。
純真なタイプなのかも。
こんな美形に褒められると悪い気はしない。
今日はせっかく綺麗にしてもらったことだし、調子に乗ってしまおうかな。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



舞踏会が始まり、私とカイエン様は1曲だけ踊った。
カイエン様がダンスをうまくリードしてくれたおかげで、練習よりもうまく踊れた。
王族や王族に近いような身分の人は舞踏会から参加するらしいから、そろそろリオにも会えるだろう。
「カイエン様はダンスがお上手なんですね」
「近衛騎士の必須条件ですから、練習はしていましたが、本番は初めてです。」
全然初めてに見えなかったよ。
ダンスの先生よりうまいぐらいじゃない?
高いヒールでカイエン様の足を踏まなくてよかった。
さっきからカイエン様と踊りたがっているように見えるご令嬢達が、ちらちらこっちを見ているよ。
カイエン様は全然気にしてないみたい。
ご令嬢たちも報われないね。


会場の入り口がざわざわしているから、リオか女王陛下でも来たのかと思って、入り口を見ていると、やってきたのは小柄な美少女。
「オーガスタ侯爵令嬢がいらっしゃったみたいですね。」
「有名な方なんですか?」
「オーガスタ侯爵は今宰相を勤めておられるし、ご令嬢はリオ様の花嫁候補筆頭だという話です。」
ちゃんとリオにもそういう人いるじゃない。
このままだとリオと結婚させられるかと思ったけど、取り越し苦労だったね。
なんだかしゃくだけど。
あの美少女とリオだったら、私よりよっぽどお似合いだ。


侯爵令嬢は人混みをかき分けて私の前までやってきた。
「初めまして沙羅さん。わたくしはルイーゼと申します。お噂はいろいろ伺っていますわ。」
顔は笑っているけど、雰囲気が怖い。
ルイーゼのしぐさとか話し方は、女装してた時のリオに似てる。
リオのお手本はこの人か。
「はじめましてルイーゼ様。」
私はできるだけ優雅に挨拶する。
挨拶の仕方はマリーにしっかりたたき込まれた。
遠巻きにたくさんの人たちが、私たちのやりとりを聞いているみたいだ。
「わたくし沙羅様と話をしたいので、カイエン様は席をはずして下さいませ。沙羅様こちらへ。」
返事も待たずにさっさと歩いていくので、カイエン様を残して後を追った。
カイエン様はちょっと迷っていたけど、私が大丈夫と目で合図した。
ついてこなかったので、うまく伝わったようだ。
話ってやっぱりリオのことよね。


人気のなさそうなテラスまでやってきた。
さすがについてくる人はいなかったようだ。
「さて、貴方に聞きたいことがありますの。おわかりだと思いますけど、リオ様のことですわ。貴方とリオ様はどうゆう関係ですの?」
にらまれているので、かなり怖い。
さっきの3人なんて比べ物にならないくらいの迫力。
「リオ様は私の恩人で、友人のつもりです。」
「本当にそれだけですの? 恋人同士という噂も聞きましたけど。」
「その噂はただの誤解です。リオ様が私なんて相手にするわけないですよ。」
「それもそうですわね。」
意外とあっさり信じてくれたみたいで、雰囲気がだいぶ穏やかになった。
「でも嘘だったら許しませんわよ。」
凶悪な笑みを浮かべながら宣言された。
目が笑ってないよ・・。
この人は敵に回したくない。
「リオ様のことお好きなんですね。リオ様にはルイーゼ様がお似合いです。」
「あたりまえですわ。貴方は見る目があるみたいだし、わたくしが友人になってさしあげます。」
友人か、こっちには1人もいなかったな。
「うれしいです。」

ルイーゼはこの王宮のこととか、リオのこてをいろいろ話してくれた。
リオのことはかなり好きらしく、しばしば赤くなっているのがかわいい。
ひさびさのガールズトークが楽しかった。
マリー達は侍女だから、遠慮してこんな風に話せないし、同年代の女の子っていいね。
話が終わる頃には、お互い呼び捨てで呼ぶようになった。
身分のせいで気安い友人もいなくて、ルイーゼも友人がほしかったらしい。
また会う約束をして別れた。


カイエン様を探しているとリオがようやく現れた。
私は優雅に挨拶する。
「先日はきれいなバラの花をありがとうございました。」
「喜んでもらえてよかった。今日のドレスとても似合ってるな。」
リオはやっぱり間近でみると美少年。
またまわりに注目され始め、不安そうなルイーゼと目が合ったので、アイコンタクトで大丈夫と伝えた。
たぶん伝わったでしょう。
「ありがとうございます。さっきルイーゼに会いました。とっても素敵な人ですね。リオ様ともとってもお似合いですね。ルイーゼが心配するので私との噂は否定してください。」
ルイーゼの名前を出したとたんリオの顔が曇った。
「しかし俺とルイーゼはそんな関係じゃあ・・・・。」
「小さい頃に結婚の約束をしたらしいじゃないですか。」
「ずいぶん前の話だ。」
「約束を破るのはいけませんよ。」
あんなにルイーゼに思われてるのにひどい。
ルイーゼはかわいいし、どこが不満なのかな?
リオって他に好きな人いるとか?
でも私ってことはないでしょ。
ルイーゼの方がずっとかわいいし。
「俺は・・・沙羅の方が・・・」
リオが最後まで言う前にルイーゼがやってきた。
「あ、ルイーゼ。私はカイエン様のところに戻るから、リオ様と仲良くね。」
私はルイーゼに後を任せて、立ち去る。


リオとルイーゼうまくいくといいな。
私はそのままカイエン様を探しに行く。
途中何度か知らない人にダンスに誘われたけど、丁重にお断りした。

広くてカイエン様なかなか見つからない。
キョロキョロしていると、リオを大人にして、軽薄そうにした男性と目が合った。
確か王弟カール殿下がリオに似ているってルイーゼが言ってたから、その人かも。
挨拶すると、私の手の甲にキスされた。
うわぁびっくり。
びっくりしすぎて固まってしまった。
物語では見たことあるけど、実際自分がされることになるとは思わなかったよ。
「初めまして美しいお嬢さん。私と1曲踊っていただけませんか?」
まだ私の手を持ったままだったので、断る暇もなく強引に手を引かれてダンスの輪の中に連れて行かれてしまった。
慣れた感じでカイエン様よりもダンスは上手だった。

1曲終わったのにまだ放してくれる気配がなく、どうしたものかと考えていると、ダンスの音楽が突然止んで、ファンファーレが鳴り響いた。
女王陛下の登場だ。
女王陛下は挨拶された人たちと言葉を交わしながら移動し、私たちのところにもやってきた。
「こんばんわ、沙羅。楽しんでいるかしら? カール、沙羅に手を出してはだめよ。あなたは気に入った子を見つけるとすぐ手を出すんだから。」
やっとカール殿下が手を放してくれたので、女王に挨拶できた。
「こんばんわ女王陛下。参加させていただいてありがとうございます。とても楽しかったです。そろそろ戻ろうと思うのですが。」
「もうリオとは踊ったの?」
「いえ、リオ様にはルイーゼがいますから。」
「そうねぇ。残念だわ。」
何が残念なんだか。
「ではカイエンに部屋まで送ってもらいなさい。」
私のそばにカイエン様がいなかったので、女王が探してくれて、やっとカイエン様と合流できた。


合流したカイエン様は疲れている様子だったので、しつこいご令嬢にでも捕まって大変だったのだろう。
カイエン様は私を部屋に送ってくれたあと、また会場に戻って警備しなければならないらしい。
騎士は多忙のようだ。
「今日はありがとうございました。おかげで楽しめました。」
「いえいえこちらこそ楽しかったです。おやすみなさい。」
「あの、またお会いしたら、話しかけてもいいですか?」
まだまだ城内で知り合いは少ないし、せっかく知り合ったんだからもっと仲良くなりたい。
「喜んで。では失礼します。」
一礼して去っていくカイエン様をいつの間にかマリーがうっとり見ていた。
パーティー終了。
今日は疲れたな。
ダンスの練習の成果もばっちりだったし、おいしそうな料理が食べれなかったのは残念だったけど、楽しかったな。
そのあとコルセットを脱いで、思いっきり食べた。





前のページ  「精霊の半身」目次ページ  次のページ

inserted by FC2 system