―― ルイーゼとお買いもの ――



昨日のミツキが気になってあまり寝られなかった。
ミツキどうしたんだろう?
ゴシゴシ瞼をこすりながら立ち上がると、すでに窓の外は明るくなっていた。
気になるな。
でも答えてくれそうもない。
そのうち話してくれるかな?


ぼんやりしていると、目の前にリンがいた。
リンが入ってきたのに全く気づかなかった。
「おはようございます。ぼーっとされて、何かありましたか?」
リンが食事の用意を調えながら、心配そうに私を見た。
最近は侍女として、ずいぶん慣れてきたリンは、マリーさんがいなくても、普通にこなせるようになってきた。
今日はリンが食事の当番なのだろう。
「おはよう。何でもないよ。今日もご苦労様。」
リンの用意してくれた食事を温かいうちに食べる。
「今日は何の予定もなかったよね。どうしようかな?」
「昨日カイエン様もおっしゃられたことですし、訓練でも行かれますか?」
それもいいね。
気分もスカッとしそう。
王都に帰ってきてからは、ほとんど体を動かしないから、体がそろそろなまってきそう。
リンもたまには訓練したいよね。
ほとんど私と一緒だから、リンも訓練に参加できてないし。
「じゃあ、訓練場に行って、訓練しようか。」
リンが頷いて、食事を片づけに行っている間に、訓練用の動きやすい服に着替える。



にぎやかな声が聞こえてきたと思ったら、ノックされた。
誰だろう?
侍女さん達が集団で来たのかな?
「どうぞ。」
入ってきたのは、ルイーゼ。
でもいつものルイーゼの煌びやかなドレスと違って、侍女の服より地味な服だった。
ルイーゼらしくない。
何を着てもルイーゼだから、綺麗だけど。
ルイーゼが着るとどんな服でも気品があるように感じるね。
さすが上流貴族のご令嬢。
「どうしたのそのカッコ?」
「おはようございます、沙羅。このカッコは平民っぽいカッコですわ。あなたもこれに着替えて、さっさと街に行きますわよ。」
街?
買い物には誘われたけど、そのカッコでわざわざ行かなくても・・。
「さぁ、早くしてくださいませ。」
仕方なく私はルイーゼの持ってきてくれた服に着替えた。
この服も地味な感じ。
私が着ると平民か、下級貴族にしか見えない。



着替えた私を満足気に見たルイーゼに引っ張られて、部屋を出た。
リンに何も言ってきてない。
いいのかな?
「ちょっとルイーゼ。 せめてリンに話してからでもいいでしょ?」
「大丈夫です。 ちゃんと侍女には先に言っておきましたわ。」
そっか。
それなら大丈夫か。
リンがそばにいないのは、不思議な感じがするけど。



城門に向かって歩いて行くと、途中でザクセンさんとカイエン様に出会った。
2人は私たちのカッコを見てキョトンッとしてた。
私はともかくルイーゼのカッコは驚くよね。
「おはようございます、カイエン様、ザクセンさん。」
「お、おはようございます、沙羅様、ルイーゼ様」
「おう。 おはよう沙羅。2人ともどうしたそのカッコは?」
「どうです? わたくしたち平民に見えまして?」
ルイーゼの言葉にさらに2人は困惑しているみたい。
「見えなくもないが、そんなカッコしてどうする?」
「フフッ。 これで街に行くんですわ。」
ルイーゼはかなり満足そうだけど、2人はさらに驚いているみたい。
私も全くわからないし、当然だよね。
「どうして平民のカッコで街に行く必要があるのですか?」
「この方が楽しそうだからですわ。」
その根拠はなんだろう?
まぁ私はかまわないけど。
ルイーゼって変わってる。
ザクセンさんも驚いているということは、いつもこんなカッコで街に行ってるわけじゃないよね?

「それでは失礼しますわ。 さぁ沙羅行きますわよ。」
私の返事も待たずに、ルイーゼが歩いていく。
「おい、ルイーゼ。」
ザクセンさんの声にも振り返らない。
仕方ないなぁ。
「では行ってきます。」
私も慌てて後を追う。
「行ってらっしゃい。」
「気をつけてな〜」
カイエン様とザクセンさんの声がしたので、後ろを振り返ってお辞儀をした。



今回は平民になりきるらしいので、馬車ではなく徒歩で街まで行く。
「ルイーゼ、どうして平民に拘るの?」
「それは・・・。 いつも彼らの方が楽しそうに見えたからですわ。私も彼らのように楽しめるかと・・・。」
そっか。
じゃあ今日は思いっきり楽しめばいいか。
「ルイーゼは何がしたいの?」
「そうですわね。 食べ歩きがしてみたいですわ。」
「了解。」
貴族のご令嬢だったら、行儀悪いって怒られるかもね。
ザクセンさんならよくやってそうだけど。
「何を食べたいの?」
「よく屋台で売ってるやつです。そう薄いパンみたいなのに色々挟んでいるやつ。」
昔クラウドに買ってもらったやつか。
この前ザクセンさんと街に来た時に、あれが売られてる屋台を見た気がするな。
「私お金持ってないけど、ルイーゼ持ってる?」
「当然ですわ。」
よかった。
もしかしたら貴族のご令嬢は、自分でお金なんか持たずに、お付きの人に払ってもらうのかと思った。



しばらく歩くと目的の屋台を発見。
ルイーゼが2つ買って、1つを私にくれた。
「次は何がしたいの?」
「そうですわね、とりあえず見て回ってみたいですわ。いつも目的の店以外は馬車で移動しかしたことがありませんし。」
なるほど。
私たちは食べながら、ブラブラ歩くことにした。
「意外とおいしいですわね。」
「うん。」
王宮の食事でもこんなのは出てこないし、ルイーゼも食べたことなかったんだね。
ルイーゼは本当に楽しそうだ。
貴族は貴族で色々決まりがあって、大変なのかも。



ブラブラ歩いてると、市場にやってきた。
人がたくさんいて、かなり賑わっている。
ルイーゼが興味深々で見ているから、ここも初めて来たみたいだ。
いくつも並んだパラソルの下で、野菜や果物、お肉やお魚などの食材や、布や服なのど雑貨などいろいろなお店が並んでいる。
見ているだけで楽しそうだ。
「こんな風に売られているんですね。」
「うん。面白いね。」
私もこんな風に売られているのは、あまり知らないな。
もとの世界では、食材はスーパーやコンビニでしか買わなかった。
お魚屋さんの前を通ると、ルイーゼが少し怯えていた。
調理されたものしか見たことがなかったから、ビチビチ跳ねている魚にびっくりしたらしい。
「当分魚料理は食べたくありませんわ。」
「そんなこと言ってたら、食べるものなくなっちゃうよ。」
「魚を食べなくても、肉がありますわ。」
「でもお肉だって、牛とか豚とか羊とか山羊のお肉だよ。見たことない?」
「ありませんわ。」
マジ?
じゃあどんな生きものか知らないか・・・。
意外と知らないこと多いのかも。
知ったらベジタリアンになったりして。
私もここでは動物ってあんまり見たことないから、どこにいるか知らないな。
料理によく出てくるから、近くでは飼われてると思うけど。
暗くなりそうだからこの話はこれで終ろう。



市場を通り抜けると、広場に出てきた。
子供たちが走り回って遊んでいる。
「楽しそうだね。」
「そうですわね。」
どこかうらやましそうに子供たちを見るルイーゼ。
ルイーゼも遊びたいのかな?
「一緒に遊ぼうか。 遊んだことないんじゃない?」
「それはないですけど。」
「じゃあ決まり。」
私は子供たちのところに行った。
「私たちも遊びに入れてくれない?」
「いいよ。」
子供たちは快く入れてくれた。
私たちは子供たちと鬼ごっこをして遊んだ。
ルイーゼは無邪気に子供たちを追いかけて走り回る。
かなり楽しそうだ。
いつの間にか暗くなってきたので、子供たちは帰って行った。
「私たちもそろそろ帰ろうか。」
「そうですわね。」



私たちはまた徒歩で帰る。
王宮までの道も分かっているので、ルイーゼの家と王宮との分かれ道で、ルイーゼとは別れる。
「今日はありがとう、 おかげで楽しかったですわ。」
「それはよかった。また行こうね。」
「そうですわね。」
ルイーゼは楽しそうに帰って行った。
でも大丈夫だよね?
ルイーゼ1人で帰らせて。
途中で変な奴にからまれたりとかしないかな?
あっ、慌てて来たから剣すら持ってないよ。
私もやばい?
さっさと帰るか。

後ろを振りかると、リンとカイエン様がいた。
あれ?
いつの間に?
「黙って行かれては困ります、沙羅様。」
「ルイーゼから何も聞いてない?伝えてあるはずなんだけど。」
「聞いていません。」
リンは怒っているみたい。
「ごめんね、リン。ちょっと慌ててたから。」
「ルイーゼ様が強引なのはわかりますけど・・。」
「今度からは気をつけるから。」
「はい。」
リンが不承不承うなずいた。
「でもいつからここに?」
「王宮を出られるときからずっといましたよ。私とリンとザクセンで護衛につかせていただきました。」
カイエン様が教えてくれた。
じゃあザクセンさんは今ルイーゼの護衛をしてくれてるのかな?
気づかなかったな。
「すいません。ありがとうございました。」
「いえいえ。 あの時私たちに出会わなかったらと思うとぞっとしますよ。」
街でも何も起きなかったし、護衛なしでも大丈夫だったと思うけど。
「王宮まで送ります。」
「お願いします。」
素直に護衛されよう。
みんな心配症だね。








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