夜の闇に支配されたてからしばらくして、見張りをしていた騎士が、慌てて叫ぶのが聞こえた。
「妖魔が来たぞ〜」
みんな武器を片手に立ち上がる。
とうとう来たんだ。
私も自分の剣を鞘から抜く。
カイエン様と目があった。
「無理はしないで下さい。できるだけ後方にいて下さい。」
「わかりました。」
治癒魔法が使えるのは、私だけだから、後方支援に徹しよう。
「沙羅様には、私が指1本触れさせませんから。」
リンが私の前に立つ。
「お願いね。」

どんどん迫ってくる妖魔の群。
いったい何匹の妖魔がいるんだろう?
100匹や200匹じゃすまないな。
さすがに足がすくむ。
「迎え討つぞ。」
カイエン様の声が響いて、一斉に騎士たちが妖魔に向かって走っていく。
アレンは黒ライオンになって、リンと共に私の前にいる。
もう誰も死なないでほしい。



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殺しても殺しても、全く減った気がしない妖魔に、傷ついた騎士たちは戦い続けている。
このままじゃ、騎士たちが保たない。
数が多すぎる。
私は戦いはじめてからずっと、怪我をした騎士たちの治療に走り回っていて、疲れてきた。
リンもアレンも何10匹も妖魔を殺して、疲労が見えてきた。
傷は癒せても、疲れは消せない。
ミツキに頼らないといけないのかな?
みんなを助けたい・・・。

私は願った。
みんなを助ける力がほしいと。
私の周囲に虹色の光がさして、その光がじょじょに大きくなり、戦場全てを包み込んだ。
すると騎士たち全ての傷が回復し、疲労が消えた。
妖魔たちの動きも止まった。
さっきまで暴れ回っていた妖魔が、おとなしくなり、散り散りに逃げていく。
終わったの?
これは私の力?
何が起きたかわからないけど、みんな助かった。
ほっとした瞬間、私は闇に包まれて、意識を手放した。



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気がついたら、真っ暗闇。
確かリンとアレンの声が聞こえた気がしたけど・・・。
どこここ?
妖魔はいなくなったはずなんだけど・・・。
暗闇だと困るので、とりあえず魔法で明りの光を作って、周囲を見回しても、リンもアレンもカイエン様も見当たらない。
おかしいな。
「お目覚めかしら?初めまして、お嬢さん。」
暗闇から艶めかしい女性が現れた。
えっと、近衛騎士にこんな人いないし、誰だろう?
1回見たら忘れないと思う。
この人胸大きい〜、それに色気たっぷり。
うらやましい。
こんな色気があったら、ミツキにバカにされないのに。
思わず遠慮なしに、上から下まで観察してしまった。

「あの、ここどこで、あなたは誰ですか?」
「私はね、闇の精霊なの。あたなたに用があって、ここにご招待したのよ。
ここは私が作った空間だから、あなたの半身も来れないわ。ゆっくり話しましょう。」
妖艶な微笑みを浮かべているけど、何だか怖い。
夢で会った雪女みたいな精霊も怖かったけど、この人はもっと怖い。
笑ってるけど、全然楽しそうじゃないし。
私に用っていったいなんだろう?
早く帰してくれないかな?
みんな心配してるよね。

「私に何の用ですか?」
「フフッ、あなたは私の大切な物を奪ったの。それを返してもらうの。それと、お仕置きかしら。」
私は何も取ってないよ?
お仕置きって怖いんだけど・・・。
冗談でしょう?
思わず後ずさりしてしまった。
「あらあら、逃げないでちょうだい。」
急に動けなくなって、闇の精霊が近づいてきても逃げられない。
右手で私の顎を掴んで上を向かせると、私の顔をじっとのぞきこんだ。
「あなたなんて、どこが良かったのかしら?私の方が何倍も美しくて、強いのに。」
闇の精霊の長い爪が私の頬かすめ、爪についた血をなめて笑っている。
怖い・・・。
誰か助けて。
「ミツキ」
呼んだけど、しばらく待っても来てくれない。
「ミツキミツキミツキミツキミツキ。」
何度呼んでも反応はない。
「無駄よ。諦めなさい。恐怖に怯えて泣き叫ぶのがあなたにはふさわしいわ。」



闇の精霊が指を鳴らすと、一瞬の浮遊感の後、また暗闇に放り出された。
明りも消されたので、再び明かりを作ると、暗闇に見知った人が横たわっているのが見えた。
ザクセンさん・・・。
駆け寄って確かめると、間違いなくザクセンさん。
少し怪我はしてるけど、大したことはないようだ。
触ってみると、暖かいし、心臓の鼓動も聞こえた。
生きてた。
ザクセンさんが生きてた。
さっきの闇の精霊の怖さなんて、吹っ飛んで行っちゃったよ。
ここにザクセンさんがいれば、後は何とかなりそうな感じ。
でもどうしてここにザクセンさんが?
ザクセンさんもあの闇の精霊に連れてこられたのかな?
とりあえず怪我の治療をしたけど、ザクセンさんは起きてくれない。
そのうち起きてくれるよね。

かすかにザクセンさんの指が動いた気がして、じっと目覚めるのを待っていると、ザクセンさんの目が開いた。
でも、その目に私は映っていない。
焦点の定まっていない、うつろな目。
ザクセンさんだけど、ザクセンさんじゃないみたい。
こんなザクセンさんは怖い・・・。
闇の精霊の嘲笑が響いた。
「フフッ、お気に召したかしら?」
「ザクセンさんに何をしたんですか?」
絶対こいつが何かしたんだ。
フツフツと怒りが沸き起こってくる。
さっきからわけのわからないことばかり、いいかげんにしてよ。

「もうその男に自我なんか残っていない。あるのは空っぽの体だけ。」
「どうしてそんなことをしたの?」
「決まっているでしょう。あなたに関わったからよ。悲しいでしょう?私はあなたが苦しむ姿がみたいの。」
「いったい私があなたに何をしたっていうの?」
「言ったでしょう。大切なものを奪ったって。」
「そんな物知らないわ。」
「いいえ。あなたはよく知っているわ。」
知らないってば。
もう人の話を全然聞かない精霊だな。

「あなたに私からのプレゼント。」
とても面白そうに、鮮やかに闇の精霊が微笑むと、私とザクセンを残して消えた。
プレゼントって何?
これからどうすればいいのよ。
どうしたらザクセンさんは元に戻るの?









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