私とリンは、さっき焼いたパウンドケーキを持って、騎士の訓練場にやってきた。
まだ昼間だから騎士の人たちは、ここで訓練しているはず。
カイエン様の怒鳴り声が聞こえてきたら、間違いなさそう。
「カイエン様は今日も怖そうだね。」
「そうですね。」
私たちはクスクス笑いあった。

訓練場ではバテバテな騎士たちの体が累々と転がって、呻いていた。
今日はかなりハードな訓練だったようだ。
転がっている中にはカール殿下もいるから、カール殿下にも容赦はないみたい。
普通に立っているのは、ザクセンさんとカイエン様だけ。
2人は私たちに気がついたみたいで、こちらを振り返った。

「こんにちわ。訓練お疲れさまです。」
「こんにちわ。今日も見学ですか?たまには体を動かしに来て下さい。やらないと、なまってしまいますし、騎士たちの士気も高まりますから。」
私にはこんなに優しいのにね。
こんなカイエン様を見たら、貴族のご令嬢たちの態度もかわるかも?
「今度お願いします。今日はザクセンさんに先日のお礼と、みなさんに差し入れです。」
綺麗に包んだパウンドケーキをザクセンさんに渡して、リンの持ってきてくれたお皿をカイエン様に差し出した。
2人とも驚いた顔をしている。
「ザクセンにお礼というのは?それとそのケーキはどうしたんですか?」
「昨日ザクセンさんにケーキ屋さんに連れていってもらったんです。」
カイエン様がザクセンさんを軽く睨んだ。
「そのケーキはさっき私が焼いたんですけど、もしかしてみなさん苦手ですか?」
苦手だったら、持って帰ってマリーさんたちと食べよう。
「沙羅様が!?」
「沙羅が!?」
2人が同時に叫んだけど、私ってそんなに料理できなく見えるかな?
ちょっとショック。

聞こえていたのか、転がった騎士たちも私たちの周りに集まってきて、リンのお皿を見ている。
なんだか怖い。
「どうぞ。」
私が言うと、一斉にお皿に手が伸びてくる。
さっきまでの疲れはどこにいったんだろう?
もちろんカイエン様と、ザクセンさんと、カール殿下の手もまざっている。
「お前は、別に貰ってるから食べなくていいだろう。」
「俺も食べたい。これはまた別。」
「お前等ちょっと遠慮しろ。」
「隊長たちばっかりずるいですよ。」
奪い合うように食べたので、一瞬でなくなった。
カイエン様とカール殿下が、恨めしそうにザクセンさんを見ている。
まだ足りなかったみたいね。

「味どうでしたか?」
「とってもおいしかったです。」
カイエン様がニッコリ笑ってくれた。
「僕もおいしかったよ。また食べたいな。今度は僕の為だけに作ってくれないかな?」
カール殿下がウィンクした。
それはちょっと無理かな。
みんなにもあげないとね。

「沙羅がお菓子作れると思わなかったな。昨日のケーキより美味しいぞ。これも同じのか?」
ザクセンさんは渡したパウンドケーキをシケシゲ見ている。
みんなに喜んでもらえたみたいで一安心。
「同じ物ですよ。」
騎士全員とカール殿下の視線が、ザクセンさんのパウンドケーキに集中する。
ザクセンさんが包みを抱えて走ると、カイエン様以外のみんなが追いかけて走り始めた。
「お前等さっき食べただろ〜 これは俺が貰ったんだよ〜」
「副隊長だけずるい〜」
「そうだそうだ。 俺たちにも分けて下さいよ〜」
ザクセンさんの声と騎士たちの声が響く。
騎士の人たち意外と元気だ。
私とリンは呆れて見ていた。
「元気が有り余っているようだな。お前等全員訓練追加だ〜」
カイエン様の怒鳴り声が響いて、騎士たちがしばらく固まったけど、みんな訓練に戻っていった。
「私たちはこれで戻りますね。訓練頑張って下さい。」
「ケーキごちそうさまでした。騒がしくてすいません。また来て下さいね。見学でも訓練でも歓迎しますよ。今度私ともケーキ屋に行って下さいませんか?」
「また来ますね。私でよければ、いつでもケーキ屋さんにご一緒しますよ。ではみなさんによろしく。」
カイエン様もケーキ好きだったのか。
今度はもっとたくさん作らないとね。



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部屋に戻ると、ルイーゼから買い物のお誘いが来ていたので、了解の返事を送った。
寝静まってから、1切れだけ隠しておいたパウンドケーキとお茶をセットする。
これでよし。
「ミツキ〜」
すぐにミツキは来てくれた。
「どうした?」
「これ今日作ったの。 食べてみて。」
あれから何度か試したけど、心を読まれた感じはない。
この前のクッキーももちろんミツキに食べてもらって、ほめてもらえた。
ミツキは黙々と食べていて、表情もかわらないから、何を考えているかわからない。
「どう?美味しい?」
他の人にはほめてもらったけど、ミツキはまた別だ。
「ああ。おいしかった。」
よかった。

「・・沙羅・・。」
ミツキが何か言いかけて、やめてしまった。
気になる。
なんだろう?
「何?」
「・・いや、何でもない。」
何でもないって言われても、何でもないように思えない。
こんなミツキは初めてだ。
どうしたんだろう?
「ミツキ・・、私はあなたの半身なんだよ。何か悩みがあるんだったら、聞くから。」
突然ミツキの腕の中に抱きしめられた。
ミツキ?
いきなり何?
でもふりほどけない。
「沙羅。」
私がミツキを見上げると、キスされた。
おでこじゃなくて、ちゃんと口に。
優しい、優しいキス。
私とミツキの舌がからまる。
溶けてしまいそうなキスだった。
もっとしたかったけど、ミツキが私をはなした。
「また何かあったら呼べ。お休み。」
ミツキは消えてしまった。
何だったんだろう?









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