王都に帰ってきた私たちだけど、しばらくお風呂どころか、水浴びすらしていないから、かなり汚い。
このまま城に入るのは躊躇われた。
ミツキは、私たちを運ぶだけ運んだら、さっさといなくなった。
「しょうがないな。 俺のところで風呂に入るか?」
ザクセンさんがそう言ってくれたので、ありがたくその提案を受け入れて、ザクセンさんの家に向かっている。
何故かリオは遠慮したので、リオとティアナは先に城に入っている。
ザクセンさんは、ああ見えても貴族だから、家って大きいのかな?
ちょっと緊張してくるなぁ。
執事さんとかいるのかな?



王都の入口から歩いて20分ほどすると、貴族の立派な屋敷が立ち並ぶ中に、ひと際大きな屋敷が見えた。
あのお屋敷大きいなぁ。
なんとそこがザクセンさんの実家らしい。
実はすごい貴族じゃないの?
こんな恰好で来るところじゃないのは確かだ。
重たそうなドアを開けると、執事らしき人が控えていた。
「おかえりなさいませ。」
「おう。ただいま。みんな風呂に入れてやってくれ。適当に着替えも頼む。」
ザクセンさんはさっさと屋敷の奥に消えてしまった。
「かしこまりました。 お嬢様方、とうぞこちらへ。」
執事の人に促されて、移動しようとすると、再びザクセンが戻ってきた。
どうしたんだろう?
私が抱っこしていたアレンを、掴む。
「忘れてた。一応男だからな。」
アレンはジタバタ暴れているが、ザクセンさんがしっかりと掴んでいるので、そのまま連れて行かれた。
黒猫なんだし、別に一緒にお風呂に入るくらいはいいような気がしたけど、リンは嫌がるかもね。



案内された浴室は、泳げるくらいの湯船になみなみとお湯が貯めてあった。
お城のお風呂には及ばないけど、すごいね。
メイドさんが体を洗ってくれようとしたので、丁重にお断りした。
今ここには、私とリンだけだ。
遠慮がいらないので、気分もゆったり。
大きなお風呂に入るのって気持ちいい。
足を伸ばして、ゆったり湯船につかる。
疲れも癒される感じ。
リンが顔を赤くしながら入っているけど、お風呂苦手なのかな?

私の故郷に行くときに時間がかかったから、帰りもそれなりに時間がかかると覚悟してたけど、まさかこんなに早く帰れるとはね。
もっと旅をしていたかったような気もするなぁ。
妖魔に会ったりして大変だったけど、楽しかった。
もうあのメンバーで旅をすることなんてないだろう。

リンにもずいぶん世話になったな。
ぼんやりとリンを見ていると、リンがさらに赤くなった。
「あの・・・。そんなに見ないで下さい。恥ずかしいです。私って沙羅様みたいにスタイルよくないですから。」
そうかな?
まだ小さいから、これからだと思う。
胸なんて、あっても邪魔だし。
「心配しなくてもこれからだよ。 リン、今までありがとうね。」
「いえ。 お礼を言われることなんて。 私なんて何のお役にも立てず。」
リンが俯いてしまった。
「ううん。 リンにはいっぱい助けてもらったよ。」
「では、これからもおそばにいてもいいですか?」
リンが顔を上げて、真剣に私を見た。
「私はかまわないけど、騎士に戻らないの?」
リンは騎士になりたいんだよね?
私にはミツキもいるし、もう護衛も必要ないと思うんだけど。
「騎士もいいのですが。沙羅様のおそばにいたいんです。」
「わかった。カイエン様と女王陛下からお許しが出たらね。」
私たちは1時間ほどお風呂に入っていた。



用意されていた着替えは、かなり上等なもの。
私には普段使い用のドレスと鬘、リンには小さめの騎士服。
私の髪はすっかり元の黒髪に戻っていたから、ここまで隠すようにやってきた。
リンの髪と目は、今は目くらましの魔法がきいている。
「ザクセンさんってかなり上流貴族じゃない?」
「あれ?ご存じなかったですか?ルイーゼ様と親しいようなので、知っているとばかり思っていました。」
「ルイーゼ?ルイーゼの親戚か何か?」
「ルイーゼ様の兄君ですよ。」
まじ?
全然似てないよ。
もっと早く教えてほしかった。
ここはルイーゼの実家でもあるよね。
だからリオは逃げたのか・・。
ルイーゼに会いませんように・・・。



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着替えをした私たちを、メイドさんが、応接室まで案内してくれた。
応接室には、すっかり綺麗になったアレンと、見慣れない男の人。
誰だろう?
雰囲気はザクセンさんなんだけど、こんなにかっこよくない。
「座ったらどうだ?」
声もザクセンさんそっくり。
もしかして本物?
私はギョッと目を見開いた。
「もしかしてザクセンさん?」
「そう俺。」
私はマジマジと顔を見てしまった。
あの不審人物まがいの髭がないと、こんなかっこよかったのか。
リンもびっくりしているみたいだから、今までのが普通なんだね。
もったいない。
今のままだとカイエン様といい勝負だと思う。
座ってメイドさんがいれてくれたお茶を飲みながらも、ザクセンさんの顔を見る。
「俺に惚れた?」
ニヤニヤ笑っているザクセンさん。
「そんなんじゃありません。いつもそうしてたらいいのにと思って。」
「面倒だから嫌だ。前に沙羅がリクエストしたろ。今回だけな。」
覚えてくれたのか。
あの時はまさかここまでとは予想してなかった。
リクエストしとくもんだね。



王宮へ向かう為に部屋を1歩出た時、ルイーゼがやってきた。
やばい。
怒ってるよね?
隠れる場所もない。
「おかえりなさいませ、お兄さま、沙羅。どこにも怪我もなさそうで、何よりです。」
相変わらず、ルイーゼはきれい。
やっぱり並んでみてもザクセンさんに似てない。
「ただいま。お前も元気そうだな。ああリオ様も無事だ。今頃王宮に戻ってるだろう。」
「わかりましたわ。」

ザクセンさんから、今度は私に向き直ったルイーゼは、目に怒りが見えた気がする。
怖い。
「旅の間リオ様とは何もなかったでしょうね?」
殺気のこもった目で睨まれた。
「何にもないよ。」
「本当に?嘘だったら許しませんわよ。」
ルイーゼの剣幕にリンも沈黙。
見かねたザクセンさんが、私とルイーゼの間に入ってくれた。
「いい加減にしないか。沙羅とリオ様は、お前が誤解するようなことは何もなかった。リオ様に振り向いてほしかったら、もっと自分を磨け。たまには引いてみろ。あんまり押してばっかりだと、嫌がられるぞ。」
ありがとうザクセンさん。
ほんとリオって、こんなにルイーゼに思われて、何が不満なんだか。

「わかりましたわ。 兄様たちはこれから王宮へ行かれるんでしょう?私もご一緒しますわ。」
「好きにしろ。」
ザクセンさんはちょっとうんざりしているように見えるけど、ルイーゼは全然気にしていないようだ。
ウキウキしながら、行ってしまった。



ルイーゼが支度をしてる間待つため、応接室に再び戻った。
「全くリオ様の事となると、困ったやつだ。悪かったな、沙羅。」
「いえ。 あんなに一途に思えるのは羨ましいです。」
「一途すぎだけどな。」
ザクセンさんは苦笑している。
兄としては心配だろうな。
「ルイーゼ様には申し訳ないですが、沙羅様にあの態度はひどいです。」
リンはちょっと怒っているらしい。
ルイーゼに余計なこと言わないで、くれるといいんだけど。



私たちだけなら、徒歩で王宮まで行く予定だったけど、ルイーゼが一緒なので、馬車に変更。
豪華な馬車は、ザクセンさんのお屋敷の馬車らしい。
ザクセンさんとルイーゼが並んで座り、向かい側に私とリン。
アレンは私の膝の上。
ルイーゼは、今度は沈んでいた。
「さっきはごめんなさいね、沙羅。わたくしつい気が動転して。」
「私は気にしてないよ。リオ様とルイーゼのこと応援してるよ。私こそ、リオ様が追いついてきた時ちゃんと帰ってもらえばよかったのに。ごめんね。」

私の言葉で安心したみたいで、今度は持っていた扇で口元を隠していたけど、ニヤニヤしていた。
何だろう?
おもしろいことなかったけど。
「噂で聞いたのですけど、カイエン様とカール殿下が決闘なさったそうですわ。」
それにはみんなびっくり。
決闘って、何でそんな事に?
あの2人って仲悪かったの?

「カイエンが決闘を受けるなんて、どうゆう風の吹き回しだ?」
「びっくりですね。勝てるとわかっているのに、決闘される方ではないですから。」
ルイーゼは意地の悪い笑みを浮かべたままだ。
「沙羅をかけて戦ったという話ですわ。 残念ながら真偽のほどは知りませんけど。」
私?
ありえないと思うよ。
そういえば両方と一応キスしたな。
カイエン様はともかく、カール殿下にはからかわれてばっかりだけど。








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