ーカール殿下視点ー


僕は何を考えているのだろう。
近衛騎士団の隊長で、この国一の剣士と言われているカイエンに勝てるはずなど、万に一つの可能性もないだろう。
でも試合を申し込まずには、いられなかった。
カイエンと戦いたい衝動に駆られた。

庭園に咲いていた薔薇を1本、折って匂いをかいだ。
真っ赤な薔薇を見て思い出すのは、パーティーで始めた見た沙羅の姿。
見慣れないドレスを着て、まるで大輪の薔薇のように現れた彼女。
今まで見てきた女性達とは、何かが違った。
僕のそばに集まってくるのは、僕に取り入ろうと、媚びを売る女性ばかりだった。
僕の身分か容姿を気に入って近づいてくる女性達には、うんざりしていた。
僕は寄ってくる女性と片っ端から関係を結んだ。
いったい今まで何人の女性と関係を持ったかなんて、覚えていない。
一夜限りの相手なんて、どれだけいただろう。
気まぐれで彼女をダンスに誘った。
それからあの黒い瞳が忘れられなくなった。
他の女性を抱いていても、思い出さずにいられないあの瞳。
最近は他の女を抱いていても、何故か沙羅を重ねてしまう。

僕は少しでも彼女に振り向いてほしくて、パーティーの翌日から、贈り物をした。
それなのに久しぶりに会った彼女は、全然僕の気持ちに気付いてくれなくて、悪戯でキスをしたら、
怒っていた。
怒った顔もかわいかった。

彼女があの呪われた大陸に行くと聞いたときは、驚いた。
何をしたらいいか悩んでる間に、出発の前日になり、たまたまカイエンと彼女のキス現場を見てしまった。
僕といる時とは、全く違う彼女。
カイエンに嫉妬した。
このままでは、カイエンに彼女をとられる。
偶然を装って、彼女と会い、母の形見の指輪を渡した。
今まで僕をずっと共にあった指輪を、僕の代わりに持っていってほしかった。
僕にできるのは、悔しいがこれくらいだ。
驚いたことに、リオが彼女を追って行ったらしい。
全くしょうがない奴だ。
姉上はかなり心配していることだろう。
彼女と共に行ける力のあるリオが、羨ましい。



沙羅のことを考えながら歩いていると、姉上に呼び止められた。
「姉上、ご機嫌いかがですか?」
「あまりよくないわ。カイエンとの模擬試合だけど、3日後に王家の庭でいいかしら?」
いつやっても結果は同じだから、3日後に異存はない。
王家の庭は、王家の者以外は立ち入り禁止だ。
僕たち以外誰も見ることがないので、僕の名誉の為の采配だろう。
「わかりました。よろしくお願いします。」
僕はそれから3日後の試合に向けて、猛特訓を開始した。
せめて一太刀だけでも浴びせたい。
こういうことは、僕の柄じゃないんだが、僕も変わったものだ。



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3日後。
僕とカイエンの模擬試合は予定通り行われた。
ルールはどちらかが、降参するか、動けなくなるまで。
立ち会いは姉上とレオナーのみ。
僕とカイエンが剣を構え、姉上が始まりの合図をした。

始まってすぐにカイエンの強さを身にしみた。
無駄のない動き、狙いの正確さ。
僕は防戦一方だ。
カイエンの剣を剣で受け止めるだけで、腕が痛くなってくる。
カイエンの剣をかわすことなんて、ほとんどできない。
これが国一の剣士の腕前か。
でもこのまま負けたくない。
何度も剣を弾かれたが、あきらめない。

「もう降参されたらいかがですか?」
カイエンがあきれたように言った。
「い・や・だ。」
僕は叫んで、カイエンの懐に飛び込む。
隙をついたつもりだったけど、カイエンには全然通じない。

そのまま僕たちの戦いは2時間ほど続いた。
そうなると、さすがに体力の限界だ。
へとへとで動けなくなる。
気力を振り絞って、立っているのがやっとだ。
僕はとうとう倒れた。
完璧にカイエンに負けた・・・。
カイエンも少々疲れたようで、肩で息をしている。

「さすが国一の騎士と言われるだけはあるな。」
「殿下もここまでとは、思っていませんでした。」
「じゃあ、引き分けでどうだ?」
「それは、ちょっと・・・」
「なかなかいい試合だったじゃない。カールを見直したわ。でも本番は沙羅が帰ってきてからね。まだまだ楽しませてちょうだい。」
姉上は笑って、行ってしまった。

急に笑いがこみあげてきた。
僕が笑い始めると、カイエンも声を出して笑った。
「次は負けないからな。」
「望むところです。何度でも来てください。」
次までにはもっと強くなってやる。







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