30分ほど沈黙が続いたところで、バタバタとにぎやかな足音と共に、リオとティアナが部屋に駆け込んできた。
私はリオに力いっぱい抱きしめられた。
痛いよリオ。
苦しい、誰か助けて。
心配してくれたと思うと、申し訳なくて痛いと言えない。
「無事でよかったですね。リオはすっごく心配してたんですよ。」
ニコニコしているティアナは、助けてくれる気配はない。
むしろもっと濃厚なものを望んでいる気がする。

最後にのんびり入ってきたザクセンさんが、笑いながら助けてくれた。
「リオ様、ちょっと力をゆるめないと、沙羅が死んでしまいますよ〜」
意外と頼りになるザクセンさん。
妖魔と戦ってるときもかっこよかったし。
あれで顔がよければ、いいのにな。
やっとリオから解放された。

「ご心配をおかけしてすいません。何とか無事でした。」
「全く。心配したぞ。お前の顔を見るまで、生きた心地がしなかった。守ると言っときながら、すまなかった。」
リオはすまなそうだった。
「あのときは仕方なかったと思います。リオ様頑張ってたじゃないですか。」
みんな疲れきってたし、妖魔がいなくなって油断したところだったからね。
誰も悪くないと思う。
私の運が悪かった。



そうえいば・・・・。
私はカール殿下から預かった指輪に、チェーンを付けてネックレスにして、身に着けていたけど、大丈夫かな?
指輪を取り出して眺めたけど、どこも異常はなさそうだ。
リオが私の横で指輪をマジマジと見ていた。
「その指輪は叔父上が持っている指輪じゃないのか?」
さすがよく知ってるね。
「そうですよ。旅に出る前日にカール殿下から預かったんです。壊れてなくてよかったです。」
とても弁償なんてできそうもないし、形見なんだから思い出もあるだろう。
どうせならもっとどこにでもありそうなものを、預けてくれたらよかったのに。
「カール殿下ですかぁ。沙羅ったらカール殿下にまで手を出したんですか?」
ティアナが私の両腕を掴んで揺する。
また勘違いしてるな。
ティアナに揺すられてガクガクするよ。
「違います。」
言ったけど揺すられ続ける。
ティアナの思い込みの激しさも勘弁してほしい。

「違うなら俺が預かる。帰ったら俺から返しておくから、指輪を貸せ。」
リオが怖い顔で手を出した。
ティアナが揺するのをやめて、リオに場所を譲った。
リオに預けるのは、何か違う気がする。
一応私が預かったものだし、返すなら自分で返したい。
私が躊躇っていると、リオが指輪をネックレスから引きちぎろうした。
「やめてください。」
私が制止するのと、ネックレスが引きちぎれるのは同時だった。

指輪はリオが拾うよりも速く、ザクセンさんが拾って、私に返してくれた。
「リオ様、いくらなんでもやりすぎだと思いますよ。」
いつも笑っているザクセンさんが怖い顔をしていたので、びっくりした。
リオもびっくりしていたのか、一瞬ビクッとしたけど。怒ってそのまま部屋から出て行った。
ティアナは慌てて後を追った。
「ありがとうございました。」
「リオ様にも困ったもんだな。」
もういつものザクセンさんだった。
この騒ぎの中でもリンは俯いて、さっきの姿勢のままだった。



「リンの髪と目は珍しんですか?」
小声でザクセンさんに聞いた。
「珍しいだろうな。リンは何も言わなかったか?」
「ずっとあのままなんです。」
私はリンを見てため息が漏れた。
ザクセンさんは頷いた。
「言いにくいんだろう。」
「理由をザクセンさんから聞いちゃだめですか?」
ザクセンさんが理由を知っているなら、その方が早そうだ。

「いえ、私が話します。」
リンが顔を上げた。
「私は・・・・、精霊と人間のハーフなんです。父親が炎の精霊で母親は普通の人間でした。」
精霊と人間って子供できるんだ。
「それって隠さなきゃいけないことなの?」

いつの間に来ていたのかティアナがドアの前に立っていた。
「それはそうです。精霊というにはあまりに少ない魔力と、姿を変えることもできないので、精霊とは言えない。しかし人間にしては長い寿命と強い魔力、丈夫な体。人間も精霊も異端なものを嫌うのは同じ。どちらにもなれないもの。人間に交じって、正体を隠して生きていくことしかできないのです。」
ティアナの声はとても冷たかった。
リンは何も悪くないのに、そんな生き方しかできないなんて、理不尽だ。
でも女の子なのに、騎士に交じって遜色ないのは、そういう理由なんだ。
「リンのせいじゃなにのに・・・。」
「そうです。子供に責任はない。だから精霊と人間の恋愛はご法度なんです。精霊ならみんなわかってます。」
リンの両親はそれでも・・・。
リンはただティアナの言うことを黙って聞いていた。
「でも、リンはリンだよ。リンが悪いわけじゃない。堂々としていればいいよ。もし気になるなら、私の染め粉を使えばいい。私はリンがハーフでも気にしないよ。」
リンの頭を撫でる。
「ありがとうございます。」
わたしにとっては、リンであることに変わりない。
リンは私を見て、久しぶりに笑った。



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私はベッドでゴロゴロしていたけど、イロイロあって興奮しているせいか、疲れているはずなのに、全然眠れない。
明日は出発だから、これからしばらく野宿の生活の予定。
馬車はないから徒歩での移動。
しっかり寝ておかないといけないのに、焦れば焦るほど、寝れない。
仕方ないから、ザクセンさんにお酒もらおう。
少量にすれば、まる1日眠ることもないでしょう。



私はザクセンさんの部屋の前まで来たけど、躊躇っていた。
寝てるかも?
寝起きは悪くはなかったけど・・。
もう夜中だし、起こすのはまずい。
部屋を訪ねる時間には常識はずれだ。

帰ろうと思って回れ右した時に、ザクセンさんのドアが内側から開いた。
「どうかしたか? 俺に用があったんだろ?」
怒っている感じはなくて、ほっとする。
「起こしちゃいました?」
「起きてた。かなり長いことドアの前で気配がしたから、寝ようと思っても、寝られん。」
「すいません。」
申し訳なく思ったけど、ザクセンさんは快く部屋に入れてくれた。

「眠れないのか?」
「イロイロありすぎて、眠気がきてくれないんです。お酒もらえませんか?」
「ちょっと待ってろ。」
ザクセンさんは部屋を出ていったので、私はおとなしく椅子に座って待つことにする。



しばらくしてザクセンさんは、グラスに入った飲み物を2杯持って、帰ってきた。
そのうちの1杯を私に私の前に置いた。
前のお酒は、かなり苦かったので、今回も覚悟している。
「どうぞ。」

私は琥珀色の液体を1口、口に含んだ。
アルコールの苦みはあるけど、甘くて飲みやすい。
「この前より飲みやすいです。」
「酒の量を減らして、ジュースを混ぜたからな。」
なるほど。
おいしい。
「ザクセンさんのも同じですか?」
「これは酒だけ。かなりきついぞ。飲みたいのか?」
私はブンブン首を横に振る。
こっちでいいです。
苦い酒を飲む気持ちがよくわからない。

アルコールが薄いせいで、この前ほど酔いが回らない。
「迷惑じゃなかったら、しばらく話をしてもかまいませんか?」
迷惑だったら、グラスを持って、部屋に戻ろう。
「かまわないが。」
ザクセンさんはお酒を飲みながら、ため息をついていたけど、迷惑じゃないみたいだ。
ここにいよう。



「ザクセンさんはリンのこと、どう思いますか?」
やっぱり気持ち悪いとか思うのかな?
「俺も、リンはリンだと思うぞ。ただ他の奴らはな・・。リンの正体がバレたら騎士ではいられないかもな。」
「騎士の人たちが嫌がるんですか?」
「俺たちの隊の騎士はそこまで嫌がらないと思うが、貴族連中は黙ってないだろう。」
「そんな・・。」
パーティーで見た貴族の人たちは、確かに嫌がりそうだ。
王都では知られないようにしなくちゃ。
「ザクセンさんはいつから知っていたんですか?」
「この旅の前日にレオナー様から聞いた。カイエンは最初から知ってたみたいだな。」
カイエン様も平気でよかった。
私もできる限り、リンを守る。
ザクセンさんはすでに1杯めを飲み干して、2杯めを注いでいた。
お酒強いのかな?
強そうに見えるけど。



「あいつ逃がして本当によかったのか? また狙ってくる気だぞ。」
クラウドか・・。
どうしたらいいか正直わからない。
ザクセンさんにクラウドが私を憎んでいる理由を話して、アドバイスをもらうことにする。
誰かに聞いてほしかった。
私のせいじゃないと、言ってほしかった。
「沙羅が責任を感じることはない。悪いのは、噂を流した奴と実際殺した奴だ。問題は、あの男に誰が沙羅のことを話したかってことだ。あの噂の真実を知ってる奴が話した以外考えられない。」
やっぱり私のせいじゃないよね。
ちょっとほっとした。
話してよかった。

「噂が流された理由は、あまり知られてないんですか?」
「俺も沙羅に聞くまでは知らなかった。普通は知らないだろう。だからヴァレリー本人か、近い奴に会った可能性が高いな。」
う〜ん
考えたら頭痛くなってきた。



さっきからチビチビ飲んでたけど、私のグラスも空っぽ。
ザクセンさんはすでに、5杯以上飲んでる気がする。
「ザクセンさんお酒強いですね。」
「まあな。」
ザクセンさんは顔にもでてないし、酔っている感じがしない。
私はちょっと暑くなってきたし、気持ちよくなって、すっきり寝れそう。
かなり話してたし、そろそろ帰らないと、寝る時間がなくなっちゃう。

「そろそろ帰ります。長居してすいませんでした。お酒ごちそうさまでした。」
私が立ち上がると、酔いが一気に回って、目が回ってきた。
倒れそうになったところを、ザクセンさんに支えられた。
また迷惑をかけてしまった。
「・・・すいません。」
ザクセンさんはヒョイッと私をお姫様抱っこして、部屋まで運んでくれた。
恥ずかしい。
重くないか心配だ。部屋のベッドに下ろしてもらった。
「ありがとうございました。」
重くなかったか聞きたいけど、重いと言われたらショックで聞けない。
「よく寝ろよ。・・それから、夜中に男の部屋に1人で来るのは、やめた方がいい。俺も一応男だからな。何もないとは保証できないぞ。」
ザクセンさんはドアの前で振り返って、ニヤッと笑った。
「わかりました。」
ちょっと顔が赤くなってしまった。
「おやすみ」

ザクセンさんが出ていくと、毛布を頭から被った。
今度から気をつけよう。
ザクセンさんには私も対象内ってことか。
それとも女なら誰でもOKなのかな?
これはさすがに聞けないや。
しばらく考えたけど、すぐに睡魔に負けてしまった。





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