立ち上がって数歩歩いたところで、森からこちらに歩いてくる人影を見つけた。
なんだ人間いるじゃん。
港の近くなのかな?
港までの行き方教えてもらおう。

段々人影との距離が近づいてくる。
わたしはその人の顔を見て、びっくりした。
だってクラウドだったから。
ここにいたのでは、どんなに探しても見つからなかったはずだ。
クラウドも私だってわかってるはずだ。
前みたいに笑ってよ。
別れる前みたいに、優しく話しかけてよ。
ねぇ、クラウド。
私たちの距離は数メートル。
でもクラウドの無表情。
私は固まったように動けなかった。



「クラウド、元気だった?」
私はとりあえず、とりとめのない話からすることにした。
クラウドは冷たい顔をして、私を見ようとはしなかった。
「私ね。あの後王宮に住んでたんだよ。王宮ってすっごく綺麗でね。私貴族みたいにドレスを着て、パーティーにも出たんだよ。」
クラウドからは何の返事もない。
沈黙は辛いから、私は話し続ける。
「それでね。今は旅をしてて、ちょっとアクシデントがあって、仲間とはぐれちゃった。」
私はへへっと笑ったけど、かなり虚しい。
「ねぇ、クラウドはあれからどうしてたの? 依頼受けたんでしょう? その依頼でここにいるの?」
やっぱり返事はない。
どうしちゃったんだろう?
私とは話しもしたくないってこと?
私は話したいよ。
いっぱい話したいよ。
いろいろ聞きたいよ。
ねぇ、クラウド。
クラウドの右耳には私をあざ笑うみたいに、片方だけになった三日月型のピアスが揺れていた。

私は同じ物か確かめてたくて、気がついたらクラウドのピアスに手を伸ばしていた。
もう少しで届くところで、クラウドにバシッと振り払われた。
かなり痛い。
私の手は赤く腫れていた。
クラウドは私の腫れた手を一瞬見たけど、すぐに目をそらした。
「俺に触るな」
クラウドからは聞いたことないような冷たい声だった。
別れてからの第一声がこれか・・・。
私のかすかな希望も打ち砕かれた。
この変わりようの訳を知りたい。
私に落ち度があったなら、謝らなければ。
元のクラウドに戻ってほしい。

「何があったの? 王都で別れる前はそんなことなかったじゃない。私が何かした?」
クラウドはまた答えてくれない。
「私に呪いのかかったピアス渡すように頼んだのは、本当にあなたなの?」
私は振り払われるのを覚悟して、クラウドの両腕を掴んで、ユサユサ揺らした。
私を見て話してほしかった。
クラウドがまっすぐ私を見つめて、狂ったように笑い始めた。
私は怖くなって、クラウドから手を離した。


「そうだ。俺だよ。あいつは無事届けてくれたみたいだな。どうだった? 少しは苦しんだか?」
クラウドはわかって、頼んだんだね。
私に苦しんでほしかったの?
「どうして? 私があなたに何をしたというの? 私はあなたに嫌われるようなことした覚えはないけど・・。」
心あたりは全くない。
「嫌う? そんな生ぬるいもんじゃねぇよ。」
わからないよ。
私を見るクラウドの目には、憎しみが宿っているみたいだった。
蛇に睨まれた蛙みたいに、私は動けなかった。

「前に俺の家族は、妖魔に殺されたって話したな。そのあと俺を拾ってくれたのは、お前と同じ黒髪黒眼の夫婦だった。」
私と同じということは・・。
「俺のことを息子みたいにかわいがってくれたのに、不老不死の噂のおかげで、2人とも殺されたよ。」
やっぱり殺されたんだ・・。
「お前が原因なんだろう。お前のせいで殺されたんだろ。なのにお前だけ、のうのうと生きてる。そんなの許されるわけない。」
違うって叫びたいけど、違うとは言い切れない。
心が痛い。
クラウドは言いながら、泣いているように感じた。

クラウドが腰の剣を引き抜く。
決して死にたいわけじゃない。
戦えないし、逃げないといけないのに。
足が動かない。
「・・ごめんなさい。」
許されるとは思っていないけど、私には謝ることしかできない。
一瞬クラウドの動きがピクリと止まったけど、すぐに剣をかまえなおした。



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クラウドの剣が降り下ろされるのを、目を閉じて待ったけど、その瞬間は訪れなかった。
おそるおそる目を開けると、私を庇う真っ赤な髪のリンと、クラウドの剣を自分の剣で受け止めるザクセンさんがいた。
クラウドは舌打ちして、剣を直した。
「次は必ず殺すからな。」
走り去るクラウドを、ザクセンさんが追いかけようとしたけど、私が止めた。
「いいんです。彼は追わないで下さい。」
全てはっきりしたら、そのとき改めて考えよう。
「いいのか? あいつは指名手配の奴だろ?」
今はどうしたらいいかわからない。
「はい。2人ともありがとうございました。無事だったんですね。」
ザクセンさんは剣をなおした。

私は今はリンの髪が気になっていた。
リンの髪は赤毛だけど、ここまで赤くなかった。
明るい茶色みたいだったのに、今は燃えるように赤い。
そして瞳の色も同じ。

「リン、その髪と眼どうしたの?」
リンがビクッと震えた。
聞いちゃだめだったかな?
「あの、これは・・」
言いづらそうなリン。
あとで聞こうかな。
とりあえず落ち着こう。
「リン、あとで聞かせてね。リオ様達はどこですか?」
「ああ、今別れて探してたから。とりあえず、港の宿屋まで戻るか。」
「そうですね。早く着替えたいです。」
そろそろビショビショの服とさよならしたい。
私はザクセンさんの後ろを歩いた。
後ろからトボトボ俯いたリンがついてくる。
リンに何があったのかな?



ザクセンさんから聞いた話だと、あのあと妖魔ごと海に落ちた私を、ザクセンさんが潜って追いかけたけど、途中で見失ったらしい。
見失ったのが、陸地のそばだったため、陸地にいるかもしれないと、船から上陸して、手分けして探してくれたらしい。
であの場面に遭遇と。
もうちょっとで殺されるところだったから、いいところで来てくれた。
でもあの妖魔から誰が助けてくれたの?
妖魔に不味そうとか思われた?
クラウドもビショ濡れだった・・・。
もしかしてクラウドが助けてくれた?
殺そうと思ってる人間を助けるはずないか・・。
クラウドはいつから私を憎んでいたのかな?
もしかして最初から?
でもクラウドと旅をしてて楽しかったし、一緒に街を散歩したときも優しかった。
あの優しさは嘘じゃないと信じたい。



さっきの砂浜から1時間ほど歩くと、港が見えてきた。
港は向こうの港とはかなり違って、小さかった。
宿屋も小さな宿屋が1軒だけ。
人通りも全くなくて、静まり返っている。
寂しいところだな。

私は着替えるために部屋に行くと、リンもついてきた。
ザクセンさんはリオ達を探しに行くので、宿屋の前で別れた。
今更リンに着替えを見られたところで、どうとも思わないけど、一応声をかける。
「リン、私着替えるんだけど。」
リンはちょっとびっくりしていた。
何も考えずについてきたみたいだ。
「すいません。」
出ていこうとしたので、とめた。
「すぐ終わるから待ってて、それよりさっきの続き聞かせて。」
「続きってこれですか?」
リンが自分の髪を引っ張ったので、私は頷いた。
「そうそれ。」

リンは椅子に座ってため息をついている。
私はさっさと着替えて、リンの正面の椅子に座った。
「こっちが地毛? そんなに話すのを躊躇うことなの?」
綺麗でいいと思うけど。
そろそろ私も染め直さなきゃね。
王都を出るときに栗色に髪を染めた。
さっき着替える時に鏡を見たら、黒い部分があった。
ばっちり染め粉も貰ってきている。

「変じゃないですか? 気持ち悪くないですか?」
「変じゃないよ。その色珍しいの?」
リンも私みたいに珍しいのかな?
確かに今までリンの他には見たことない。
「髪と眼は父親譲りなんです。普段は眼くらましの魔法を常にかけているんですが、この大陸に来てから全く使えなくて。」
お父さん譲りか。
派手な髪のお父さんだ。
元の世界の父親の髪と眼がこんなだったら、ちょっと面白い。
「わざわざ魔法かけるなんて、その色嫌なの?似合ってるよ。」
「嫌ではないんですが・・。」
リンはまた口ごもる。
かなり言いにくいみたい。
この世界の常識がわからないから、私には何も言えない。
しばらく沈黙が続いた。

私は気長に待つつもりで、お茶を入れた。
お腹が空いたので、置いてあったクッキーを頬張る。
リンは俯いたまま動かない。
さて、どうしたものか。




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