私とリンとザクセンさんは食事をするために、食堂へ。
リオとティアナは食事は摂らないので自分たちの部屋に帰った。
基本的に食事は、食堂でするのが決まりだ。
食材は日持ちするものばかりだから、決して豪華とは言えない食事だけど文句は言えない。

ちょっと硬くなったような気がするパンを齧ると、窓から雷光が見えた。
外はかなり荒れているようだ。
船で嵐に遭遇すると難破率上がるよね?
ちょっと心配だ。

「だいぶ近づいてきたみたいだな。」
「近づいてきてる?」
「もちろん目的地。あの大陸の付近はいつも嵐らしいからな。」
「まるで近づいてほしくないみたいですね。」
すごい所だね。
でも、もう少しで着くのはうれしいな。
いい加減船旅に飽きてきたよ。
船っていつ見ても海しか見えないし、つまらない。

段々雷雨は激しくなり、船の軋む音が聞こえてくると、さらに不安になる。
「この船大丈夫ですよね?」
「たぶんな。」
ザクセンさんの頼りない返事に私はがっくりとうなだれた。
とりあえず祈ろう。
無事に着けますように。
この世界の神様のことは全く知らないけど、よろしく。
私が祈っていると、リンが急に立ち上がってかけだした。
「リン」
私とザクセンさんが呼んだけど、そのまま行ってしまったので、仕方なく私たちも後を追う。



リンについて行った先は、嵐のまっただ中で、立っているだけでも大変な甲板。
そしてその甲板には某映画に出ていたような、巨大な複数の吸盤付きの足がからみついていた。
こんな時に厄介なお客さん着ちゃったよ。
全然祈り届いてないじゃん。
あんなのどうやって戦えばいいわけ?

リンはここから妖魔の頭に向けて、炎の魔法をお見舞い。
私たちより遅れてやってきたリオとティアナも、魔法で妖魔を攻撃したけど、全然こたえてないみたい。
足はザクセンさんが切っても、切っても、また生えてくる。
ごつい足を一刀両断するザクセンさんはすごいけど、きりがない。
ザクセンさんが足を切り落とすたびに、妖魔のドス黒い体液が大量に飛び散って、甲板はかなり滑りやすくなった。
妖魔は足をブンブン振り回すから、本体にはなかなか近づけない。
さらに魔法で足を消滅すると、足が2倍に増えてしまった。
おかげで最初8本しか見えていなかった足は、すでに20本以上に増えて、もう数えたくない。
私は剣の腕でも魔法でも、あの妖魔相手では役立たずだ。
甲板の柱にしがみついて、みんなの戦いを見てるしかできない。

リンに妖魔の足が直撃し、リンが吹っ飛ばされた。
私は転がって、意識を失ったリンに駆け寄った。
手をかざして、リンの治癒を始める。
リンの怪我が酷いので、ここでは応急処置が精一杯。
リンの体を引きずって、部屋まで運んだ。
部屋で集中して、リンを治癒し、ほとんどの怪我は治したけど、リンの意識は戻らない。
とりあえずリンは大丈夫。



私はリンを残して甲板に戻ると、今度はザクセンさんが足をよけ損なって、吹っ飛ばされた。私は急いで近寄って治癒を開始。
応急処置だけしかやっていないけど、ザクセンさんは立ち上がった。
「まだ治ってません。」
止めようとした私の手は振り払われた。
「これで十分だ。あいつはまだ死んでない。休んでいるわけにはいかない。リオ様だけ戦わせる訳にはいかないだろ。」
他には誰も手助けしてくれない状況だったけど、ザクセンさんは振り返って笑ってくれた。

私にもっと何かできたら・・。
ザクセンさんはまた妖魔の所へ戻ってしまった。
このままじゃみんな死んじゃう。
誰か助けて・・。
助けなんてくるはずがないとわかっていても、願わずにはいられなかった。
船員達も何とかしようと妖魔に向かうけど、近づくことすらできずに、吹っ飛ばされて、甲板に転がされたり、嵐の海に投げ出されたりした。
私は怪我をした船員さんたちの治癒に駆け回った。
誰もが自分達の死を覚悟した。
けれど死は来なかった。

ティアナの風とリオの炎が相乗効果をもたらし、妖魔の本体がひるんだすきに、ザクセンさんの斧が、妖魔の目に突き刺さった。
妖魔は絶叫を上げて、船から離れて海に潜った。
リオとザクセンさんはその場に座り込み、ティアナはリオに駆け寄った。
助かったの?
よかった。
みんな生きてる。
私は安心して座り込みそうになったけど、治癒のためにザクセンさん達のところに走ることにした。
でも、ザクセンさん達のところまでたどり着くことはできなかった。
さっきの妖魔が再び現れて、私の近くまで迫っていた。
ほっとしていたリオとザクセンさんの笑っていた顔がゆがんで、私の名前を呼んだ。
私はただ呆然と迫る妖魔を見ることしかできない。
必死に走ってくるザクセンさんより速く、妖魔の足が1本私の体を捕らえ、私は妖魔と共に海に引きずり込まれた。
海面にぶつかった痛みと、呼吸のできない苦しさで、私は意識を手放した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



私死ぬのかな?
もっと生きたいよ。
いっぱいやりたいことあったのに。
私は何もない、真っ白な空間に立っていた。
ここって天国?
地獄だったら嫌だな。
歩いても、歩いても何もない。
誰もいない。私1人だ。
時間にしたら数分かもしれないけど、とても長くここにいる気がする。
天国だったら、天使のお迎えとか来てよ。

「誰かいませんか?誰か?」
私は思いっきり叫んだ。
返事はやっぱり聞こえない。
寂しいよ。
私はうずくまった。



突然目の前に眩しい光が現れ、人の形を取った。
眩しすぎてはっきりと見えないけど、人間みたい。
「お前はまだ死んでいない。」
とても聞きたかった声だった。
懐かしくて、暖かくて、以前励ましてくれたあの声。
やっと会えた。
こんな時でもうれしかった。

「お前は眠ってるだけだ。目を覚ませば元に戻る。早く行け。」
私の感動を見事にぶちこわすようなきつい口調。
「あの・・。どこに?」
早く行けと言われてもさっきからずっと歩いてるよ。
歩きすぎてクタクタです。
「全く相変わらず世話が焼ける。」
その人は少しイライラしているようだ。
実は優しくない?
死にかけた私にひどくない?
「だってわからないもの。死にかけたんだし、もっと優しくしてもばちはあたらないでしょ。さっきから呼んでも全然来なかったくせに。」
私は思わず叫んだら、笑われた。
「お前はおもしろい。でも名前を呼ばなかったお前が悪い。」
「名前なんて知らないわよ。」
「・・早く思い出せよ。」
ちょっと切なそうだったので、私が悪い訳じゃないのに罪悪感。
その人は私に手を差し出した。
その手はとても温かくて、安心できた。
きっと大丈夫。
この人といると、さっきまでの不安もどこかへ行ってしまった。
この人なら私が異世界人かどうか知ってるかな?
聞きたいことはいっぱいある。
でも今はただこの人と一緒にいたい。



私は手を引かれて、大きな扉の前に立った。
さっき歩いた時はこんなの見つからなかったのに。
不思議に思いながら扉を開けようとすると、つないでいた手を離された。
手を離されると不安になる。
「一緒に行かないの?」
当然一緒に来てくれると思っていた。
「行かない。」
「どうして?」
「俺はまだお前のそばには行けない。起きたら、お前が俺を捜せよ。お前なら見つけられる」
「私に見つけられるの? あなたのこと何も知らないよ。」
「お前にしか見つけられない。早く俺のこと思い出せよ。」
それだけ言うと、消えてしまった。

行っちゃったな。
また会えるよね。
それにしてもいったい誰?
私のことは知ってるみたいだけど。
思い出せということは、私は知っているってこと?
眩しくて顔よくわからなかった。
たぶん男だよね?
見つけてやるわよ。
今度は私から会いに行くんだから。


私って妖魔に捕まって海の中だったけど、そのままだったら、起きた途端死ぬかも
すでに妖魔のおなかの中も嫌だな。
ザクセンさんかリオに助けられてるのがいいけど、2人ともかなり疲れてそうだったから、それは無理だと思う。
扉を開けた先に何があるのか怖くて、なかなか開けられない。
また怒られるかな?
私は勢いよく扉を開けた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



私が起きたのは、真っ白な砂浜だった。
海の中でも、妖魔のおなかの中でもなくてよかったけど、ここどこだろう?
キョロキョロしても誰もいない。
もうすぐ着くってザクセンさんが言ってたから、目的の大陸かな?
でも1人だとここからどう行けばいいのかわからない。
荷物もないから、食料もない。
妖魔がウヨウヨいるらしいけど、剣すらない。
最悪だ・・。
助かってもお先真っ暗だよ。
これならあのまま死んでた方がよかったかも
服はビショビショだけど、怪我はなかった。
妖魔に捕まったのに奇跡だね。
のろし上げたら見つけてくれるかな?
みんなきっと無事着いてるはず。
私は向こうに見えている森に、燃えそうな物を取りに行くことにした。
森の中は妖魔が出そうで怖いけど、このままではどうにもならない。
妖魔に出会わないように祈るのみ。
私は立ち上がった。






前のページ  「精霊の半身」目次ページ  次のページ

inserted by FC2 system