目を開けて飛び込んできたのは見慣れた自分の部屋の天井。
あれ?
飛び起きて見渡すと懐かしい自分の部屋。
なんだ夢だったんだ。
リアルな夢だったな。
夢でよかった。
夢だったらもっと遊べばよかったな。

ベッドから起きて鏡を見ると、見慣れたTシャツと短パン姿の寝起きの自分の姿。
やっぱりこれが落ち着くよね。
ハンガーに掛かった制服。
失くしたはずの鞄。

しかしいつもの自分の部屋のはずだけど、何かがおかしいような妙な気分。
使い慣れた携帯電話を片手に2階の自分の部屋から1階に向かう。
この変な感覚も誰かに会えばおさまるかも。
きっと変な夢のせいよ。



1階のリビングでは兄と弟がテレビを見ていて、キッチンでは母が食事の用意をしていた。
見慣れた光景だった。
「ねぇ、聞いてよ〜。すっごいリアルな夢見ちゃったよ。」
話しかけたけど、返事はなかった。
あれっ?
ふとテレビを見るといつも見ていたドラマの見たことがあるシーン。
この場面見たよね?
再放送には早すぎる。
突然テレビがプツンッと消えて、すべての音がなくなる。
何これ?

兄と弟の前に回り込むと、兄と弟には顔がなかった。
正確には顔自体はあるけど、のっぺらぼう。
目や鼻や口がないのだ。
「うわぁぁぁぁ」

私はびっくりしてキッチンに飛び込んだ。
「お母さん、お兄ちゃん達が・・・・。」
助けを求めた母の顔もまたのっぺらぼうだった。
「いやぁぁぁぁ」
その場に座り込んで私は絶叫した。



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気がついたら今度は船の部屋だった。
よかった。
さっきの夢だったんだ。
怖かった・・。
部屋には椅子にすわったまま安らかな寝息をたてているリンがいた。
夢のせいで、普通のリンを見てほっとする。
またよく寝ちゃったみたい。
もう夜になってる。
私はリンに毛布を掛けて、部屋を出た。



月明かりと星の光だけに照らされている海。
じっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。

「あんまり見てると海に落っこちるぞ。」
背後にザクセンさんがいた。
いつも気がついたらいるよね。

「こんばんわ」
「気分はもう平気か?」
「大丈夫です。」
もう気持ち悪さもないし、頭も痛くない。

ザクセンさんが持っていた果物を投げたので、受け取る。
そういえばしばらく何も食べてなかった。
果物を見るとおなかがクゥと鳴った。
私は遠慮なく果物にかじりついた。
「ありがとうございます。いただきます。」
行儀は悪いが立ったままいただく。

ザクセンさんは頷くと私の隣に立った。
ザクセンさんって背が高いよね。
カイエン様より高いかな。
この髭剃ったらかっこよくならないかな?
じっとザクセンさんを見ていると目が合ったので、恥ずかしくなって目をそらした。
「俺の顔に何かついてるか?」
「いいえ。髭剃らないんですか?」
「めんどくさい。」
「そうですか。ちょっと髭剃ったところが見てみたいです。」
「ん〜。そのうちな。」
そのうち絶対髭を剃った姿を見せてもらおう。

「またリン置いてきたのか?」
「よく寝てましたから。船の中なら問題ないでしょう。」
「そうとも言い切れないぞ。特に夜はあんまり1人で出歩くなよ。なんせ男ばっかりだ。へんな気を起こす奴だっているかもしれない。」
「わかりました。」
でも私だって護身術習ったし、何とかなると思う。
そんなに心配しなくてもいいのに。
「沙羅がそこそこ剣を使えるのはわかってる。船の中で問題はあまり起こしたくない。しばらく船で一緒なんだ、お互い気まずい思いはしたくないだろう?」
確かに何かあった人と、この広いとは言えない船の中で一緒に過ごすというのは気持ちのいいものじゃない。

「あと妖魔が襲ってこないとも言えない。」
「海に妖魔いるんですか?」
陸地にしかいないのかと思って安心してた。
「いるぞ。」
大きい魚みたいなのかな?
「海の中にもいるし、空を飛んでくる奴もいる。油断は禁物だ。」
「わかりました。」
私はザクセンさんに送ってもらって部屋に戻った。



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雨が降っていて、特にやることもないので私たちは全員揃って私の部屋にいた。
船の中に何日もいるとやることもなくなってくる。
私はお酒のおかげとは思わないけど、あれ以来船酔いにはなっていない。
今はザクセンさんが持っていたカードで、ババ抜きをしている。

ザクセンさんとティアナはいつも笑っていて、全然表情が変わらないので、かなりやりづらい。
リオとリンは結構表情が変わるから、ババを引くと分かりやすい。だから負けるのはリオかリン。
リオが負けると意地になるので、リオが勝つまでゲームは続く。

「ザクセンさんはカードなんて持ち歩いてるんですか?」
「いい暇つぶしになるだろ。雨の日は訓練にならないから、よくやってるぞ。」
「職務怠慢だな。」
リオは負け続きでかなりイライラしている。
「そう言われればそうかもしれませんね。」

ザクセンさんには悪びれた様子もなく、鼻歌まじりにカードを混ぜて、みんなに配っている。
私の今度のカードにババはない。
リオとリンの表情も普通だからどちらもババを持っていないだろう。
私は隣のリオのカードを引いて、リンにカードを引かれる。
何巡目かでリオの表情が変わったので、ババをティアナから引いたのだろう。
リオの持っているカードから、どのカードを引こうか手をさまよわせると、1枚のカードの上を通った時に表情が変わる。
本当にわかりやすい。
もちろん私はそのカードを避けて他のカードにする。
するとリオは嫌な顔になる。
もう少し表情に出ないようにしないと勝てないとは、おもしろいので、誰も教えない。

「リオ様に教えないの?」
私が小声でティアナに聞いてみた。
ティアナだったらリオに甘いから教えない方がおかしい。
「ふふっ、リオの単純なところかわいいでしょ。自分で気づくようにならないと成長しませんよ。」
なるほど。意外ときびしいね。頑張れリオ。

今回はリオ15連敗で、リオがイライラしてカードをほり投げて終了。
こういうリオは最初会ったときの大人びた感じじゃなくて、子供っぽくてかわいい。
リンはザクセンさんと違って慣れていないように見えるけど、よくやってたのかな?

「リンも雨の時カードやってたの?」
「私は賭事はちょっと・・。」
リンが首を横に振った。
最初いいカモになってしまったので、それ以来やってないらしい。
ずいぶんひどいやり方だ。
私は横目でザクセンさんを睨むと、ザクセンさんはばつが悪い顔をしていた。
「あのときはあれでも手加減したぞ。ちゃんと賭けた金は返したし。」
当たり前だ。
「リンが悪の道に染まらなくてよかったよ。」

私はリンの頭を撫でると、リンが恥ずかしそうに頷いた。
純粋なリンのままでいてね。
でもガサツそうな騎士の中でよく純粋なままでいられたな。
「リンはあの騎士団では唯一の華だから。みんな結構気を使ってたんだぞ。」
私の言いたいことがわかったのか、ザクセン様がこっそり教えてくれた。
リンは騎士達と同じ扱いを望んでいるから、特別扱いを知ったら怒るだろうと。
リンはどうして騎士になったのか、聞きたいけど、聞きづらい。
女の子だし、よっぽど理由があるかもしれない。
この旅に出る前も私の知る限り、誰にも別れを告げに行ってないはずだ。
前日まで私の護衛をしてくれていた。


私たちは今度は神経衰弱をした。
このゲームならリオも勝てたので、やっとリオの機嫌が直った。





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