立派な馬車なので3人がゆったり座れる。
私はカーテンを少し開けて、外の風景を眺めた。
リンも私と反対側の窓から外を見ていて、もう1人の護衛のザクセンさんは寝ている。
リンとザクセンさんは交代で睡眠をとることにしたらしい
夕方になってようやく、ザクセンさんが起きた。
ちょっと寝すぎな気がする。
「おはようございます? ザクセンさん」
「おはよう。 リン、かわりはないか?」
「異常なしです。」
「よし、次はリンが寝ろよ。朝には起こすからな。」
ザクセンさんはあくびしながら、伸びをした。
リンが頷いて、すぐに眠った。
パンをかじっているザクセンさんと目が合った。
「沙羅も食べるか?」
パンを渡そうとされたけど、少し前に食べたので、断った。
今回の旅では、3人が兄妹という設定なので、わたしの事は呼び捨てだ。


「よく寝てましたね。」
「寝れるとき寝るのが基本だからな。沙羅も寝れるときに寝とけよ。これから何があるかわからない。王都から遠ざかるほど妖魔も増えるしな。」
「次の街はどんな所なんですか?」
「治安はそこそこいい街だな。」
私は退屈しのぎに書庫から餞別としてもらった本を読み始めた。
「熱心だな」
「面白いですから。知識は邪魔になりませんし。」
遠くで獣の鳴き声が聞こえた。
「お客さんが来たみたいだな。」
「襲ってくるんですか?」
「たぶんな」



ザクセンさんは馬車を止めさせて、ふらりと降りた。
「馬車から出るなよ。」
ザクセンさんが出ていくと、リンがむくりと起きて剣をかまえる。
しばらくすると、ザクセンさんが戻ってきたので、再び馬車は走り始め、リンも眠った。
「怪我はないですか?」
「かすり傷程度だ。」
私がザクセンさんに治癒魔法をかけると、血が滲んでいた腕がきれいになった。
ザクセンさんは剣の腕前はかなりのものらしいけど、魔法は全くらしい。
ザクセンさんは治った箇所をペシペシ叩いて確認している。
「やっぱり便利だな。」
「こういう魔法しか使えないですけど。」
訓練場で怪我した騎士で治癒魔法はだいぶ練習したので、かすり傷ぐらいは楽に治せる。


「さしつかえなかったら、ザクセンさんの騎士になった理由聞いてもいいですか?」
「かまわないが、どうしてだ?」
「純粋に興味があって。仲良くなりたいですから。」
「ふ〜ん。俺はこう見えても貴族の次男でな。家も継がないから、暇をもてあましてな。腕には自身あったから、騎士になってみただけだ。」
貴族とは意外だ。
どう見ても熊だ。
優雅さのかけらもない。

「騎士は楽しいですか?」
「そうだな。いつかカイエンを抜くのが目標だな。」
豪快に笑っている。
「ところで、沙羅はなんで旅にでるんだ? 俺は目的地とおまえが狙われていることしか知らされてないんだが。」
「てっきりカイエン様あたりから聞いているとばかり思ってました。」
私は異世界からとばされてから、ここに至るまでの経緯をかいつまんで説明した。

「災難だったな。ヴァレリーに狙われるなんて、ちょっと厄介だな。」
「ザクセンさんはヴァレリーに会ったことあるんですか?」
「ないな。レオナー様の兄弟弟子で、昔は女王陛下付きの魔法使いだったらしいが、何があったのか今じゃあお尋ね者。よほど恨んでるのかかなり王都も被害にあったと聞いてる。」
レオナーさんなら恨んでる理由知ってるだろうな。
私ってもしかしてそのとばっちり?



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いくつか街を経由して、港町までたどり着いた。
目的の場所は、ここから船に乗らないと行けないらしい。
ここまでは王都から約2週間ほどだった。
いままでは大きな問題もなく、すんなりときたけど、ここで問題発生。
リンが熱を出して倒れてしまった。
ここまでは比較的安全だけど、ここから先は何があるかわからないらしく、万全の体制で行きたいので、リンが回復するのを待っている。


リンの看病をしていると、ノックの音がして、ザクセンさんが私とリンの食事を持ってきてくれた。
男のザクセンさんより気兼ねしないでいいと思って、リンの看病は私が引き受けている。
最初は恐縮してたけど、私が押し切った。
「リン今眠ってますよ。」
ザクセンさんが食事のトレイをテーブルに置いて、リンの顔をのぞき込んだ。
「リンの具合はどうだ?」
「まだ辛そうですけど、少しよくなった気がします。」
「もう2日だな。俺たちの乗る船は1週間に1回しか出港しない。本当なら今日乗りたかったが、来週に延ばすしかないな。」
「仕方ありませんね。」
リンがこの状態では無理だから、しょうがないね。
私はご飯を食べながら、窓の外の船を眺めた。


私たちの目的地は、隣の大陸で呪われた地とも言われ、ほとんど人が立ち寄らない。
そのため妖魔たちの巣窟となり、さらに人は行かなくなった。
しかし希少な鉱石や薬草などが採れることから、危険を省みず行こうとする者がいる。
だから船の便は少ないが、ないわけじゃない。
「ザクセンさんは行ったことありますか?」
「ないな。王都から最後に騎士が派遣されたのは10年前の事件以来だ。」

最初からこんな危険な所と聞いてたら、行くなんて考えなかったわ。
どんな所か知ったのは旅に出てからだ。
みんな教えてくれないなんて、ひどい。
絶対知ってた女王やレオナーさんを恨みたくなる。
でもそんな所まで付いてきてくれる2人には感謝だ。
「そんな危険な所に付いてきてもらっていいんですか?」
「今更だな。着いたら妖魔を倒しまくって、カイエンより強くなってやるさ。」
ニヤっとザクセンさんは笑った。
リンも強くなりたいのかな?
どうして付いてきてくれたのだろう?


リンが目を覚ましたので、冷めたお粥を温めてもらうため、1階の食堂に向かった。
でもそこでいるはずのない人物と出会った。
食事時から離れて空いている食堂の一角に、目立つ緑のロングヘアーが目に入った。
ティアナと同じ色。
人間にもあの色の髪の人いるのね。
もしかして精霊かな?
そんなことを考えながら、新しいお粥を受け取ると、緑髪の人の向かえに座っていた人が立ち上がって叫んだ。
「沙羅見つけた?」
リオが笑って立っていた。
「リオ様・・・。」
どうしてここにリオが?


私はリンにお粥を食べさせた後、再び食堂に戻った。
なんとなくティアナの隣に座ると、リオが不機嫌だったけど、気にしない。
「どうしてここに?」
「追いかけてきたに決まってるだろ。」
「女王陛下はご存じなんですか?」
「黙って出てきた。まだ船に乗る前に追いつけて助かった。」
また家出か。
みんな探してるだろうな。
うれしいけど、付いてきてもらうわけにはいかない。
「すぐに帰って下さい。」
「どうして?」
「一緒に来たら何があるかわからないんですよ。リオ様に何か会ったら、女王陛下に会わせる顔がありません。」
「俺とティアナは強い。きっとおまえの護衛2人より役に立つ。それに、俺に何かあっても叔父上もいるから大丈夫だ。」
「迷惑です。お帰り下さい。」
リオにはガツンと言わなきゃ。
「迷惑でも行く。」
「来ないで下さい。」
「だめだ。」

私たちが言いあっていると、ザクセンさんがおもしろそうに言った。
「そこまで言ってくれていることだし、一緒に来てもらえばいい。」
ザクセンさんいつからいたの?
全然気がつかなかった。
ティアナが私とリオに水の入ったグラスを渡してくれた。
言い合って喉が乾いていたからうれしい。
私は水を飲んで、ザクセンさんをにらんだ。
「女冥利につきるな〜」
ザクセンさんはニヤニヤしている。
「本当にいいんですか?」
私は小声でザクセンさんに尋ねた。
「あの様子じゃあ、帰れと言っても聞かないだろう。」
これでいいんだろうか・・・。
出港まで時間あるから説得してみるか。





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