結局クラウドは王都では見つからず、他の街に指名手配されることになった。
私は何かの間違いだったと、クラウドが謝りに現れることをかすかに期待したけど、ダメだった。
新しく私付きの侍女が増えた。
リンという私より年下の小動物みたいな、守ってあげたくなる女の子だけど、魔法使いとしても、騎士としても強いというお墨付きをカイエン様からもらっている凄い子なのだ。
本業は騎士の方なので、侍女の仕事は慣れてなくて、へまばかりしているので、マリーによくしかられている。
私は自分の身は自分で守れるようになりたいとリンに相談したところ、剣の使い方と簡単な魔法を教えてもらっている。
今日も騎士たちが訓練している片隅を借りて、私も訓練中。
筋肉痛と闘いながら細身の剣を振り回す。
連日の訓練でなんとか護身術程度は、身に付いた。
身に付いた魔法は、主に治癒魔法。
攻撃魔法だとむいていないらしく、発動しないのだ。
度派手な攻撃魔法とかちょっと夢だったけどあきらめた。


私は疲れたので座って休んでいると、カイエン様がやってきた。
カイエン様は実はかなり怖い人だった。
訓練中は鬼のような形相で、騎士たちをしごきまくる。
だから騎士たちの間ではかなり恐れられている。
初日に見たときは本当にびっくりした。
こうやって休憩していると、カイエン様がたまに来てくれる。
リンは体力が余っているから、私の休憩中は他の騎士たちに交じって訓練している。
リンと私以外は女性がいないせいもあって、騎士たちは親切にしてくれる。
カイエン様がいないときは他の騎士が話しかけてくれるので、騎士の人たちとも仲良くなった。

「ずいぶん上達されましたね。」
「まだまだですよね。リンはすごいですね。私がリンを借りていても大丈夫なのですか?」
「他の騎士では四六時中貴方を守れませんからね。本当は私が行きたいくらいなのですが・・・。」
「さすがにカイエン様にそこまで守っていただくわけにはいきませんよ。女性ってリンしかいないんですね。」
「なかなか騎士になりたがる女性はすくないですね。あとは訓練がきつくてすぐにやめてしまいます。」
まぁあの厳しそうな訓練なら私も逃げるよ。
「リンが付いているから大丈夫だと思いますが、騎士が何かしたら遠慮なく言って下さいね。」
カイエン様は笑っているけど、目が怖いです。
きっとそんな騎士には地獄のお仕置きが待っているのが目に浮かびます。
初日にカイエン様が少しいなくなった間に、私をひやかした下級騎士は訓練を追加され、
死にそうになっていたのを見たし・・・。


訓練の後に、書庫に行って本を探すのが日課になっている。
この世界のことを知るために、できるだけ本を読むようになった。
歴史、文化、教養、この世界で生きていく為にいろいろな知識が必要なはずだ。
そして私は自分がこの世界の文字を、普通に読めることに気がついた。
全く日本語とはかけ離れた文字だったけど、不思議なことに何の問題もない。
もしかしたら、話している言葉も日本語ではないのかもしれない。
座って読んでいると、リオが来た。
「こんにちわ、リオ様」
「おもしろい本でもあったのか?」
「知らないことばかりなので、どの本も面白いですよ。リオ様も本を探しに来られたのですか?」
「いや、おまえが部屋にいなかったから。侍女に聞いたらここだと言われた。」
「私に用ですか?」
読んでいた本を閉じて立ち上がる。
人目も多いし、誤解されると面倒だ。
どこかへ移動した方がよさそう。
まだ私とリオの噂は消えていない。
最近ではさらに、カイエン様まで加わって三角関係という噂に変わりつつある。
全く困ったものだ。
「どこかへ行きませんか?」
「ここはもういいのか?」
「はい。」


私たちは庭園の一角までやってきた。
離れてリンもついてきている。
「ご用とは何でしょうか?」
「最近騎士の訓練場に出入りしていると聞いたが。」
「はい。護身術を教えてもらっています。何か?」
「わざわざそんなことをしなくてもいいんじゃないか? 確かにこの前のこともあるから安全だとは言い切れないが、警備も強化した。」
「ご不満ですか? 護身術は無駄にはならないと思いますが。」
「カイエンとずいぶん仲がいいと聞いたぞ。カイエンに会いに行ってるんじゃないのか?」
「カイエン様にはよくしてもらっています。何を誤解なさってるか知りませんが、私が誰と会おうと自由だと思います。」
リオにそんなことを言われる覚えはないわ。
ちょっと腹がたつな。
「そんな事をわざわざ聞きに来られたんですか?」
「だったら?」
「失礼します。 それから贈り物もやめて下さい。」
「俺は、おまえが必要以上に他の奴と仲良くするのは嫌だからな。」
リオは叫んだけど、私は怒ってそこから離れた。
確かにリオにもよくしてもらってるけど、それは関係ないでしょ。
私はリオのものじゃないんだから。


歩いていると、着飾った令嬢と歩いているカール殿下にあった。
「こんにちわ、先日もありがとうございました。」
隣の令嬢からの視線が痛い。
「気に入ってもらえたかな?」
「はい」
「殿下その方は誰です?」
「沙羅だよ。かわいいだろ。」
令嬢はあきらかに気分を害したようだ。
怒って行ってしまったが、追いかける様子もない。
来るものは拒まず、去るものは追わずという噂は本当らしい。
「追いかけなくていいのですか?」
「かまわないよ。それより贈り物のお礼がほしいな。」
お礼と言われても私に返せるものはないので、受け取ったことを後悔した。
「お礼と言われましても私には・・。」
殿下は人の悪い笑みを浮かべていたので、嫌な予感がした。
段々殿下の顔が近づいてきたと思ったときには、キスされていた。
呆然としていると、リンが飛び出してきたので、思わず殿下を突き飛ばして、部屋まで帰った。
ファーストキスだったのに。
殿下のバカ〜。
心の中で殿下に悪態をつきつつ、クッションをボカボカ叩いた。
それ以降殿下からの贈り物は丁重に、お返しし、リオからはこなくなった。
私は金輪際カール殿下には近づかないことに決めた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



私は久しぶりにレオナーさんに会った。
最初に会った塔から出てくるところを見かけたので声をかけた。
「何かご用ですか?」
「黒髪黒眼の一族が住んでいた場所に行ってみたいのですが、ダメですか?」
そこに行けば、もし私がその一族なら、何かわかるかもしれないと考えていた。
私が異世界人じゃなかった場合は、何の意味もないかもしれないけど。
レオナーさんはしばらく考えこむ。
「ここからだと遠いですし、安全は保証できませんが、よろしいですか?」
やっぱり危険だよね・・。
どのくらい遠いのかもさっぱりだけど。
行くって決めたし。
「かまいません」
「私の一存では決められません。女王陛下と相談して返事をします。」
「よろしくお願いします。」
去っていくレオナーさんを見送った。


3日後女王陛下に呼ばれた。また謁見室だったけど、今度は歩きにくいドレスを着ずに普通の服で許可された。
謁見室には女王陛下とレオナーさん、リオとカイエン様まで揃っていた。
「レオナーから故郷に行きたいと聞きました。正直に言えば反対です。」
「どうしてもだめですか?」
「危険すぎます。先日も狙われたばかりではありませんか。」
4人とも反対しているみたいだ。
「私は、自分自身の事を知りたいんです。知るチャンスを下さい。」
女王陛下やカイエン様やリオには、守ってもらって、いい生活をして、贅沢な願いなのはわかってる。
でも行きたいから。
しばらく女王陛下は私の顔をじっと見ていた。
私も負けずに女王陛下をじっと見る。
「わかりました。しかし護衛を同行するなら許可します。」
横にいたカイエン様とレオナーさんが同時に叫んだ。
「陛下!!」
「わたくしには、沙羅に何も教えてあげられないもの。沙羅には知る権利があるわ。」
3人とも何か言いたそうだったけど、女王陛下に文句は言えないらしい。
「ありがとうございます。」
「無事に帰ってくるのですよ。」
「はい。」


リオは一緒に行くと言ったけど、せっかく帰ってきた王子を手放すはずはなく、軟禁されている。
カイエン様も来たがったけど、却下されて、近衛騎士副隊長の熊みたいなおじさんとリンが護衛についてくれることになった。

出発の前日カイエン様に会いに行った。
訓練の終わったカイエン様を待ち伏せして、人気のない庭園に誘った。
カイエン様と庭園ってパーティー以来だよね。
あのときは楽しかったな。
「いよいよ明日出発なんですね・・・。」
カイエン様はどこか遠くを見て、全然目を合わせてくれない。
「はい。色々ありがとうございした。」
「私も行きたいんですが・・。」
「お気持ちだけいただいておきます。」
カイエン様がいなくなったらここが大変そうだよ。
しごかれなくて騎士の人たちは喜ぶかな?

「あなたが無事に帰ってくるのを待ってますよ。」
もしかしたらもう会えないかもしれいんだよね。
そう思ったら涙がでてきた。
カイエン様は私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「あなたをどこにも行かせたくないんです。わざわざ危険を犯してまで行く必要はないでしょう。行かないで下さい。」
懇願するようなカイエン様の声に悲しくなる。
「でも行かないといけないんです。私はそうしないと前に進めません。」
「あなたをここに閉じこめておくことができたら・・・。」
カイエン様に引き止められると、どうしていいのかわからなくなる。
ここにいたい。
でも行かなきゃいけない気がする。
「ごめんなさい。」
私を抱くカイエン様の力が強くなった。
「あなたを悲しませたいわけじゃないんです。必ず帰ってくると約束して下さい。」
「必ず帰ります。」
絶対にここに帰ってくる。
私たちは唇が触れるだけのキスをして、別れた。
リンは背後で赤面しながら見ていた。


キスの余韻に浸りつつ歩いていると、向こうからカール殿下が歩いてきた。
私は距離を取って挨拶した。
「そんなに離れなくても何もしないよ。明日出発だね。」
殿下は苦笑しながら頭をかいた。
殿下は危険人物ですから。
今のところ私の中でNO.1です。
「はい。お世話になりました。」
殿下がはめていた指輪をはずして、私に投げたので、慌てて受け取った。
「それ、母の形見なんだ。帰ってきたら返してね。それまで預けとくから。」
「そんな大切なもの預かれません。」
殿下は有無を言わせず行ってしまった。
ありがとうございます。
心の中で礼を言って指輪を握りしめた。
こういうところはいいんだけどね。
形見ということはかなり高価?
持っているのがちょっと怖いです。
壊さないようにしないと。


リオのところへ行こうか迷ったけど、何を話したらいいかわからず、やめておいた。
女王とレオナーさんに挨拶して部屋に戻ると、たまに文通しているルイーゼが来ていた。
「明日行くと聞きましたけど、わたくしには挨拶はなしですの?」
ルイーゼは少し怒っているようだ。
「ごめんなさい。言いにくくて。」
「本当にすぐ帰っていらっしゃいよ。わたくしせっかくできた友人を失いたくありませんわ。」
「はい。」
私たちは夜遅くまで話し、そのまま寝てしまった。


翌朝ルイーゼを起こさないように支度した。
マリーと数人の侍女さんだけに見送られ、私たちの馬車は早朝王都から出発した。
また旅のはじまりだ。




前のページ  「精霊の半身」目次ページ  次のページ

inserted by FC2 system